Unhappy Summer Vacation





 ああ、今年も一年で一番憂鬱な日がやってくる。



 盂蘭盆会――つまり、お盆のことだ。一年に一度、地獄の釜の蓋が開く日。この日は死者が地上に帰ってくると言われている。高い金を出して見送った死者をまた迎えてやるなんて、俺には狂気の沙汰としか思えない。死者たちのために野菜で馬鹿げた乗り物まで作ってやってさ。理解不能だよ、まったく。
 とはいえ、そんな風に愚痴ったところで仕事を休めるわけでもない。大抵の葬儀会社がそうであるように、カラクサ葬祭もまたお盆法要ってやつの仲介をしている。以前の代表が生きていた頃には融通を利かせてもらっていたんだが、流石にこの歳にもなって――死者を迎えたくありません――なんて我儘を言うわけにもいかないからな。
 そういうわけで俺は連日不機嫌だった。当然だよ。どんなに気に入らなくったって客には愛敬を振りまかないといけないし、こういうときに限って……いや、こういうときだからこそ、か。新人の失敗も多い。尻拭いをしてやりながら――大丈夫だよ。気にしなくてもいいよ。次に気をつければ。失敗なんて誰もが通る道だよ――なんて慰めてやるのも面倒臭くて、しまいには投げ遣りになってしまった。
 ただ一つ、万里が大人しくしてくれていることだけは幸いだったが。
 付き合いの長いあの子は、この時期の俺が不機嫌なことを知っている。粗暴なようでいて意外に大人を見ているんだ。大人の中で育った子供の賢さってやつさ。子供は心底苦手だが、本当に馬鹿な子供ではないからこそ、俺はあの子の教育係を続けられているのだと思う。
(明日からやっと休暇か……)
 玄関に靴と荷物を放り出すと、俺はぐったり転がった。ひんやりとしたフローリングが気持ちいい。床に寝そべって脱力する藤波透吾――なんて社の女の子たちが見たら悲鳴を上げそうな光景ではあるが、幸いにしてここは俺のマンションだ。合い鍵を渡しているような子もいない。というか、たとえそういう相手がいたとしても部屋の鍵を預けるなんて冗談じゃないぜ。
もちろん見られて困る物なんてない、むしろビジネスホテルのように物のないこの部屋が俺にとっては唯一気が休まる場所なのだ。部屋にいるときだけは、誰にもサービスしてやらなくていい。無駄な思考こそ増えるが、口は休まる。
(ああ、これは本当に絶不調だ。高坂君でも掴まえて苛めてやりたいよ。彼の嫌そうな顔を見たら、少しは気分も晴れるんだろうな。電話でもかけてやろうか……)
 そんなことを考えてしまったのは、もうまったくの無意識だった。携帯を取り出しかけた手を見て、俺はハッと我に返った。いけないな。酷く投げ遣りで攻撃的になっている。
(いや、俺は本来善人だよ。そう、これは空腹のせいさ。だって、ここ数日はろくに飯を食っちゃいなかったからな。そうだ。人間、腹が減ると心が荒むって言うじゃないか)
 なんて誰が聞いているわけでもないのに言い訳をしながら、のそりと起き上がる。乱れた髪を片手で軽く整えて――どんなときでも身嗜みを気にしてしまうのは、もう癖のようなものだ――キッチンへ向かう。一人暮らしには広すぎる3LDK。誰と暮らす予定があるわけでも、置きたい物があるわけでもないが、狭いと妙に落ち着かないのだ。
 照明も付けずに、冷蔵庫のドアを開ける――なにかあったかな、と考えるまでもなくそこにはなにもなかった。見事に空っぽだ。そういや買い物にも行っていなかったな、と思い出して俺は小さく舌打ちをした。そうして恨めしげに眺めていたところで食べ物が沸いて出てくるわけでもないので、諦めて冷蔵庫の扉を閉める。

「仕方がない。買いに行くか」



つづく
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イベント恒例、Unhappy(ry。
1巻3話で和泉と出会ったばかりの頃の話です。