Unhappy Summer Vacation





「強いな、君。驚いたよ」

 ゲームの結果は引き分け。四ステージほど戦って、二勝二敗。勿論接待プレイじゃァない。これには俺も少し驚いた。万里のところでしかやらないとはいえ、それなりに慣れていたつもりだったし、負ける気もなかったから。

「手先が器用なんだな。それと洞察力か。結果は引き分けだが、俺の負けだよ」
「……でも、手加減してくれたでしょう。藤波さん」
「いいや、まったく。本気だった」

 これは嘘じゃない。高坂君の様子を見るに、信じてはくれなかったみたいだが。
 駄々を捏ねる万里を宥めてゲームを終わりにするのは、大変だった。ふて腐れて部屋に戻ってしまった万里をそのままにして食事の片付けだけ済ませた俺と彼は、手土産に持っていったアイスを食べることもなく、こうして帰路に就いている。
(ま、高坂君も早く家に帰りたかったようだからな)
 なんて、いかにも気の利かない言い訳だ。本当に、今日の俺はつくづく気が利かない。
(はあ。我ながら酷いもんだ)
 密かに溜息を吐く。なにもかもをこの時期のせいにすればいいってもんじゃないぜ、と自分に言い聞かせながら無理やり笑みを作る。

「そういえば、アイスを食べずに来てしまったね」
「別に、そこまでアイスが食べたかったわけではありませんから」
「そう。それなら、よかった」

 いいわけがない。
 いや、アイスのことは本当にどうでもよかったんだろう。それは分かっている。けれど、やはり気分はよくない。なにがって、高坂君があからさまに安堵しているというのがさ。ようやく隙を見つけて、安心している。そんな顔だ。
(別にどこでも誰の前でも完璧でいたいってわけじゃないけど)
 なんとなく情けない心地で、溜息を吐く。たとえば俺が美千留さんの前でも口を滑らせることなく、機嫌も損ねずに、ゲームでも完勝して土産のアイスもデザートに食べて――という前提あってのこの状況なら、彼は今も隣で小さく縮こまっていたんだろう。恐縮されたいとは思わないが、親しみを感じられてしまうと自分がなにか失敗をしてしまったようで酷く落ち着かない。

「……お盆はね、好きじゃないんだ」

 挙げ句こんな風に言い訳をしてしまうっていうのだから、救いようがない。本当に馬鹿げている。高坂君が悪いわけでもないのに苛立ちながら、俺は歩みを早める。身長差があるせいか、ほんの少し遅れた彼が後ろから訊き返してきた。

「忙しいから、ですよね? 唐草さんも気にしていたようですけど……」

 声に不信感はない。他に理由もないだろうという言い方だった。それには答えずに、俺は訊き返した。

「君はさ、先祖の魂を迎えることについてどう思う?」

 背後の足音は、やや間隔が短くなっている。小走りに近い。

「どうって」

 恐らく彼は戸惑っているんだろう。俺の歩く速度が変わった理由も分からず、この馬鹿げた質問の意図も分からず。一度言葉が途切れる。

「あのさ――」

 やっぱり、今の質問は聞かなかったことにしてくれよ。俺がそう言おうとしたのと、彼が口を開いたのは同時だった。高坂君は申し訳なさそうな声で一言――深く考えたことはありませんよ――と言った。それがなんだか意外なことのように思えて、俺は少しだけ呆気にとられてしまった。なにを言うべきか。らしくもなく迷ってしまって、返事が遅れた。その沈黙を気にしてか、高坂君は慌てたように続けてきた。

「強いて言えば、慣習ですかね」
「へえ?」
「先祖の顔は知りませんし、幸いにして身近で亡くした人もいないので。その、こんな答えですみません」
「いや、いいよ。その方が気楽でいい。思うことがないに越したことはないんだ」

 言いながら、ぴたりと足を止める。駅だ。微妙に人の流れを遮ってしまっている自覚はあったが、俺は足を止めたまま背後を振り返った。高坂君はようやく解放されるとでもいった顔で、早く別れの挨拶を口にしたくてうずうずしているようにも見える。そんな彼に、俺は右手を差し出した。

「今日は付き合わせて悪かったな。おかげでこっちは随分と気が紛れたよ。ありがとう」
「いえ」
「お礼と言っちゃなんだけど、上光さんのことは俺も頑張らせてもらうよ」

 彼はやはり少しだけ戸惑っていたようだが、やがておずおずと手を差し出してきた。軽く握手を交わして、それじゃあ――と別れる。高坂君は一度だけ頭を下げると、足早に改札へ向かった。やけに急いで行くその背中を苦笑交じりに見送りながら、独りごちる。

「君も、感傷的にはなれないタイプなのかな。どうだろう?」

 訊ねてみればよかったかもしれない。
(今度、訊いてみよう)
 そんなことを考えながら、俺も駅とは逆の方向へ歩き出した。




END
-------------------

だらだらと続けたわりに藤波が落ち着かないだけのじめっとした話になってしまいました。あと早く帰りたがっている和泉。本当はもう少し明るい話にしたくて和泉の視点を間に挟んだんですが、本編での和泉の藤波評を考えるとこれが限度ということで半端になってしまった感が。
本当にどうでもいいんですが、藤波は和泉に対して自分と同じ感傷的でない人間という期待をほんの少し抱いていたという話にもしたかったのであります。和泉は一見、引きこもりで無感動にも見えますしね。