葬儀屋とポケットティッシュ







 さて、どうしたものか。
 藤波透吾は公園のベンチで座り込んでぼんやりと考えていた。戦果は例年通り――むしろ年々多くなっていくほどで、まさかそのために万里の機嫌を損ねる羽目になるとは思わなかった。
「はあ。ほんの数年前までは俺が他の女性からチョコレートをもらっても気にしたりしなかったのにな……」
 溜息。
 他の女に嫉妬するほど成長した――と思えば感慨深いが、バレンタインのたびにへそを曲げられては敵わない。しかも彼女ときたら当てつけのように自分の目の前で高坂和泉に電話をしてみせ「トーゴはたくさんもらってるからいらねーだろ。イズミとタカシにあげてくる」などと言うのだから、まったく教育係も報われない。
 また、溜息を零す。そのときだった。
「どうしたんですか?」
 と、声をかけられたのは。顔を上げる。スーツ姿の女がこちらに心配そうな視線を向けていた。仕事帰りだろうか。通勤用鞄とは別に、紙袋を提げている。その中から一輪の薔薇が覗いていることに気付いて、透吾は苦笑した。どこぞの男から贈られたのだろうか。確かに、普通に告白するよりはこの日を狙った方が効果はあるのかもしれない――見るからに競争率が高そうだからな、と胸の内で呟いて、言葉を探す。彼女が再び声をかけてくる方が早かったが。
「具合、悪いんですか?」
「いや、大丈夫」
 やっとのことでそれだけ答えると、女はほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「すみません。なんだか思い詰めているように見えたので、気になって」
「ああ、まあ――ちょっとね。知人の子の機嫌を損ねてしまったから、どうしようかと考えていたんだよ」
 そう答えてしまったのは、実際途方に暮れていたせいか。彼女はベンチの上に寄せられた紙袋を見ると、ああ、と納得した風に苦笑いしてみせた。
「もてるんですね」
「まあね」
 否定するのも嫌みかと思ったので、頷いておく。
「でも、子供からはさっぱりだ」
 そう付け加えて冗談めかすのも忘れなかったが。ふっと――なんとなはなしに溜息が零れた。彼女は少し困った顔でこちらを眺めていたが、ややあって思いついたように紙袋を探って、中から一つの包みを取り出した。
「じゃあ、あなたの方からプレゼントしてみては?」
「え?」
「うちの職場で配った残りで申し訳ないんですけど――お菓子、子供さんなら嫌いってことはないでしょう?」
 こちらに包みを差し出したまま、微笑んでいる。透吾はふむと唸った。
「そう、だね。いつもそうやって食べ物で釣るって言われそうな気がしないでもないけど」
「バレンタインは特別ですよ」
 なにを根拠にと思ったが、それは言わないでおくことにした。代わりに彼女の手から菓子を受け取り、微笑で返す。いつもならリップサービスで一言二言口説いておくところだが、それこそ不誠実かと思い直してやめておく。代わりになにかないかと懐を探して――
「これ……いる?」
 出てきたのは、ポケットティッシュだった。いくらなんでもこれはないなと苦笑いする透吾の手から、女はそっとそれを受け取った。冷えた指先がかすかに触れ合う。
「交換、ですね」
「わらしべ長者の気分だな」
「チョコが大切なものに変わるよう、祈ってますよ。仲直り頑張ってください」
 律儀にも頭を下げて、駆けていく。女の後ろ姿を眺めながら透吾は小さく呟いた。
「仲直り、ね。まるで子供扱いっていうか、貸しです――くらいは言ってもらえた方が嬉しかったんだけどな。ま、フリーでもなさそうだったし仕方がないか」
 取り出しかけていた携帯をまたポケットの中に戻しながら立ち上がる。どうにも今日はツいていない日のようだった。