狐憑きとチョコレート







「遅くなっちゃったな……」
 営業所の時計を確認して、天月比奈は溜息を零した。
 二月十四日。バレンタインデー。ローマの司祭が恋人たちのために死んだ日。製菓会社の陰謀渦巻く日。愛する人に贈り物をする日。告白の日――いずれにせよ、その日が終わるまでもう二時間もない。こんな日に限って、と泣きたい心地で椅子から立ち上がり、紙袋を掴む。中には恋人へのプレゼント、と義理チョコ――顧客に配った残りが詰まっている。さてどうしたものか。比奈の恋人、三輪辰史には相手が女性であれ、同僚であれ、誕生日にチロルチョコしかもらえない可哀想な大学生であれ、本命以外を一切認めようとしない狭量さがある。今年はどうにか折れてもらったものの、さすがにこれを蛟堂へ持ち込む勇気は比奈にない。なんだかんだ、辰史は――元はどれくらいあったのか、誰にくれてやったのか、渡した相手の反応は、と気にするに違いないのだから。
「……幻影書房、まだ開いてるかな」
 少し考えた末に思い出したのは、鬼堂六の顔だった。彼に頼んで名島瑠璃也に渡してもらうのがいいかもしれない。なんせあの大学生は甘い物に目がない。今日は彼の誕生日でもあることだし、そうしようと決めて比奈は営業所を後にした。