***



「この絵を描いたやつは、クリスマスが心底嫌いなんだろうな」
 苦く言ったあきらに、俺と太郎ちゃんは思わず顔を見合わせて頷いてしまった。そんな、野郎三人のクリスマス。あれこそ、クリスマスが嫌いになっても仕方がないような体験だった――と思う。うん。
        (ある暇な大学生の述懐)


「メッリィクリスマース! 太郎ちゃん」

 12月24日 午後9時
 蛟堂にやたらとテンションの高い声が響いたのは、いわゆるクリスマスイブの夜だった。
 しっとりとした闇のカーテンが空を覆い、冷たく乾いた空気に月と星が煌めく。少し街の方に出れば、天然のイルミネーションとはまた別に豪奢な電飾が恋人たちの夜を祝福しているのだろうが。特別そういった相手のいない青年たちには、関係のないことではあった。
 勝手に戸を開けて入ってきた二人は、片やご満悦に顔を緩め、片や不機嫌そうにコンビニの袋を突き出してくる。岡山太郎はそんな友人たちを迎え入れながら、こそりと溜息を吐き出した。

「あ、今年はお酒はなしね。あきらがいるから」

 何がそんなに嬉しいのか。
 名島瑠璃也は、すでに家の中へ上がってワインレッドのコートを脱いで――本人は似合っているつもりなのだろう。傍から見れば、着られているようにしか見えないが――丁寧にハンガーへと掛けている。

「平気だって言ったのに。変なとこで厳しいっスよね、瑠璃也サンは」

 仏頂面の十間あきらから、太郎は袋を受け取った。中身は・・・・・・シャンメリーといくつかの見慣れた炭酸飲料に、甘ったるそうなチョコレート菓子。申し訳程度のつまみは――せめてもの抗議にあきらが選んだのかもしれない。ふて腐れたように呟く彼に太郎は苦笑して、

「ま、そういうわけにもいかないからね。あきらも上がりなよ」

 促す。

「うぃっす」

 年下の青年は思いの他、素直に家の中へ上がった。
 普段は引き摺られてもこの家の敷居だけは跨ごうとしない友人たちが、揃ってこんな時間に訪ねて来たのは、今日という日が世間ではクリスマスイブとして周知されているからだった。彼らが――イベント好きな瑠璃也はともかく、あきらがシングルイブを気にかけていたとは意外だが。まあ、そんなこともあるのだろう。そもそもは、

「ちょっと早めの忘年会ってことで。いいじゃん。若者同士、親睦を深めようよ」

 という瑠璃也の提案で、男三人のクリスマスパーティーを開くことになったのだった。この親友曰く“理不尽という言葉がそのまま人間になったような”叔父、三輪辰史はタイミング良く不在にしている。夕方頃に「急な仕事が」と店を出たきり、戻らない。

「まったく、辰史叔父さんときたら。世間じゃクリスマスだって言うのによくやるよ。っていうか、報酬を自分へのクリスマスプレゼントだとでも思っていそうだ。絶対、クリスマス手当てとか言って三割ぐらい依頼料に上乗せしてるって」

 聖夜に報復を依頼する人間も、相当にアレだが。
 友人たちが座ったのを確認して、暇潰しに作ったケーキ――オーソドックスなショートケーキだ。砂糖菓子のサンタクロースを飾ってみたことには、特に意味はない――を運びながら、ぼやく。意外にも、反論をしてきたのは瑠璃也だった。

「気持は分かるけどさ、太郎ちゃん。何もそんな決めつけなくても。もしかしたら仕事は口実で実は彼女とデートしてたり、とか。考えたりしないの? 仮にもクリスマスなんだしさ」

 ヒーターで手足をあたためながら、そんなことを言ってくる。グラスにシャンメリーをそそいでいたあきらが、何故か不機嫌そうに舌打ちをするのが聞こえた。

「なんつーか、そういう仕事を言い訳にしたデートが一番腹が立つんですよね。あざといっつうか。あートナカイに蹴られちまえばいいのに、あのおっさん」
「いやまあ、恋路を邪魔したら蹴られるのは俺たちなんだけどね。実際」

 溜息を吐く二人に、太郎は「まさか」と首を振った。
 クリスマスイブだというのに――だからこそ、なのかもしれないが――友人たちは悲観的すぎる。
(叔父さんに限って、そんなことがあるはずないじゃないか。だって・・・・・・)

「僕が男同士の悲しいクリスマスを過ごさなきゃいけないっていうのにさ。あの叔父さんに、あの我儘でやりたい放題な叔父さんに恋人がいて、しかもクリスマスデートをしているとか。そんな不公平な話があってたまるもんか」
「なにをぅ! そんなこと言うなら俺だって、女の子とデートしたかったもん。買い物して、綺麗な夜景を見ながら食事して、更けてく夜にあんなことやこんなことをしたかったもん!」
「なんつーか、瑠璃也さんのはまんまクリスマスにデートをしたことのない童貞の妄想って感じっスね。ていうかまあ、俺だって好きであんたらとクリスマスイブを過ごそうと決めたわけじゃないんですけど」

 およよと膝を崩す瑠璃也に、呟くあきら。

「てっめー、あきら! 今、酷いこと言ったな! すごく酷いこと言ったな! そんな酷いこと言うから、比奈さんに振られるんだぞ。ごめんね十間くん、その日は私ちょっと予定があるから・・・・・・なんつって。えへへ、今頃比奈さんはあきらくんの大嫌いなおっさんとめくるめく大人のクリスマス〜」
「コロス! あんたもあのおっさんも、いつか絶対コロス!」

 彼らが何を言い争っているのかは、よく分からないが。切り分けたケーキをとりあえず彼らの前に並べながら、太郎は呟いた。

「ま、結局のところ男同士で遊んでた方が気楽だってことなんだろうな」

 負け惜しみというわけではなく。
 その呟きは言い合いを続けている友人たちにも聞こえていたのだろう。まさしく図星だったのか、二人は見合わせた顔を露骨に歪めて「うげえ」と吐き出した。そこまではいつも通り。いつも通りのやり取り。
 何か違ったことがあるとすれば、今日という日がクリスマスイブで、そして明日がクリスマスだった。ただ、それだけのことだった。