副所長の憂鬱
十間あきらはケージを抱えて、またやってしまったと呻いた。近道をしようと横切った公園で、「拾ってください」と無責任なメモが貼り付けられたケージを見つけてしまったのだ。中を覗くと、まだ生まれてそれほど経っていないような仔猫がくつろいでいるではないか。これはもう連れて帰るしかなかった。そのまま置いておけば保健所につれていかれかねないし、そうでなくとも公園に来た悪ガキに悪戯されてしまうかもしれない。
「うんうん。あんたが優しいのはよーく分かったけどね」
目の前では常盤緑が呆れ顔で額を押さえている。
「なんで毎回出勤途中に拾ってくるわけ?」
「いや、それは偶然と言う他ないんスけど」
「……もう。で、あんたんところでは飼えるの? 前の犬のときに、多頭飼い禁止だから無理とか言ってたのを聞いた気がするんだけど」
「あーいや、まあ無理なんで、代わりに飼ってくれる人が見つかるまでは営業所においてくれないかなぁ……なんて。ほら、黒猫とかすごい運送業者っぽいじゃねーっすか」
「ぽいじゃねーっすかじゃないわよ! あんた喧嘩売ってんの?」
「ヒィ!」
鬼の副所長にすごまれては元不良のあきらも悲鳴を上げるしかない。後ろからは比奈が「まあまあ、緑さん――」と常盤を宥めているが、彼女はそれも気に入らないようだった。
「大体、所長がそうやって甘やかすのがいけないのよ。こいつといい三輪氏といい、ちょっと甘えた声でねだれば許してもらえると思ってんだから……」
今度は比奈に矛先を変えて、説教を始める。
「怪我した仔犬に、呪いの人形に、捨て猫、次はなに? 鳥? そのうち子供とか拾ってくるんじゃないの?」
「流石に迷子は警察に届けますけど――」
「たとえよ! た と え ! あんたならやりかねないって言ってるのよ」
すぱーんと平手で頭をはたかれる。横暴だとでも口答えしようものならプロレス技をかけられかねないため、あきらは大人しく口を噤んだ。常盤は更に続ける。
「営業所におかせてくださいって簡単に言うけどね、まだ仔猫でしょ? 世話がいるでしょ? 餌置いときゃいいってもんじゃないでしょ!」
「うう、すみません……」
「引き取ってくれる人が見つかるまで、あんたが営業所に泊まって世話するわけ?」
「うう……」
最悪それでもいいかと思ったが、それを口にすれば開き直っているとまた怒られそうだったので、あきらは小さく縮こまりながらちらっと比奈を見た。彼女は常盤の剣幕におろおろしていたが、目が合うと苦笑して口を開いた。
「緑さん――その、私が連れて帰るから」
……ああ、言わせてしまった。
比奈がそう言い出してくれることを期待していなかったわけではないが、実際に言わせてしまうと自己嫌悪に陥らずにもいられなかった。
「……比奈、私の話聞いてた?」
思わず素に戻るほど呆れかえったのか、常盤は毒づいている。
「甘やかし過ぎ」
「いや、でも拾ってきちゃったものは仕方ないし……戻してこいとも言えないし。うちは犬じゃなければ平気だから。十間くんも、泣きそうな顔しないで」
「うう、比奈さん……」
腕の中からケージを取り上げて微笑む比奈を見つめながら、あきらは改めて彼女に惚れ直したのだった。