ライバルは黒猫







「で、仔猫を預かった――と」
 三輪辰史は比奈の胸元でごろごろと甘えている仔猫を苦い顔で見つめた。いつものように比奈を抱き寄せようにも彼女との間にできる仔猫一匹分の隙間がもどかしい。くそ、そこは俺の定位置だぞと口には出さずに悪態を吐きながら、その仔猫を拾ってきたらしい十間あきらに恨みの矛先を向ける。こんな仔猫で比奈の気を引きやがって、卑怯者め。
「で、引き取り手は見つかりそうなのか?」
「どうでしょう。十間くんは探してくれているみたいですけど――」
 その一匹分の隙間をなんとも思っていないのか、比奈は呑気なものである。
「まあ、御霊も平気そうですしいざとなったらわたしが飼ってもいいかなと……」
「おいおいおい!」
 本気か、と辰史は頭を抱えた。
「勘弁してくれ」
「辰史さん、猫は苦手でしたっけ?」
 首を傾げている恋人のなんと鈍いことか。
「――お前は、猫が嫌いじゃないだろう?」
「ええ、可愛いですし」
 ね、と胸元の仔猫に声をかける。その言葉を認識したわけでもないのだろうが、あざとい仔猫は彼女の顔を見上げると甘えた声で鳴いてみせた。比奈ときたら、そんな仔猫を顔の前まで抱き上げて額にちゅっとキスする始末である。辰史はますます面白くない。
「俺はいや――じゃなくて、反対だ。お前がその猫に夢中になったら、御霊が妬く。きっと妬く。絶対に妬く。お前、御霊の嫉妬深さを知らないわけじゃないだろう?」
 影の中から狐が「嫉妬深いのはお前だ」と言わんばかりに見上げてくるが、無視である。
「御霊は大丈夫ですよ。ねえ、御霊。兄弟ができた感じよね?」
「いや、駄目だ。駄目。御霊、お前も言ってやれ。大好きな宿主があとからきたどこの馬の骨とも分からん輩に奪われるなんて我慢ならんだろうが」
「どこの馬の骨っていうか、猫ですけど……」
「とにかく馬だろうが猫だろうが駄目なもんは駄目だ。俺が責任を持って可愛がってくれそうなやつを見つけてやるから。心当たりはあるんだ」
 捲し立てて、辰史は比奈の腕の中から仔猫をさっと抱き上げた。ああっと比奈が切なげに眉をひそめるのも気に入らない。まるで恋人と分かたれたような――恋人は俺だと胸の内で憤然と呟いて、立ち上がる。
「そういうわけで、すぐ戻ってくるから」
「今行くんですか?」
「こういうのは仔猫のためにも早い方がいい」
 腑に落ちない顔をしている恋人をなだめて、辰史はすぐさま外に飛び出した。