万里と捨て猫







「万里……」
 少女を見つけた藤波透吾は、うんざりと溜息を吐いた。
「どこで拾ってきたんだ、それ」
 少女――唐草万里の腕の中で、一匹の黒猫がすやすやと寝息を立てている。まだ小さい。仔猫のようだ。それ、という言い方が気に入らなかったのか万里は眉間に皺を寄せて透吾を見上げた。
「公園だよ。箱の中に入ってた」
「拾ってくださいって? また、ベタだな」
 子供の多い公園に捨てるというのがまた嫌らしい――と、これは言葉にはしなかったが。代わりに「もとの場所に戻してきなさい」と告げる。美千留のマンションはペット禁止だったはずだ。まさか人の出入りが多い営業所に置いておくわけにもいかない。また嫌われるなと溜息を呑み込みながら万里を見ると、案の定、少女はそれでも血の通った人間かと言わんばかりの顔をしている。まったく損な役割だよと酷く苦い心地で、透吾は万里の腕から黒猫を取り上げた。
「あ」
「いい。やっぱり、俺が戻してくる。君に行かせると、こっそり家に持ち帰ったりしそうだからね」
「そ、そんなすぐに捨てにいかなくても――せめて飼い主になってくれる人を探してやったていいじゃんか!」
「とか言って、美千留さんに泣き付いてなし崩しに飼ってしまおうとか考えているんだろう?」
 指摘してやると図星だったのか、万里の顔がぎくりと強張った。まったく舐められたものである。ますます顔をしかめて、透吾は嘆息した。こう見えて万里は賢い。小賢しいとも言うべきか。母親を通せば大抵のことはなんとかなることを知っている――可愛い娘から泣きつかれれば美千留は不動産屋に直談判しに行きかねないし、透吾自身もある種母親のような姉のような彼女には逆らえないようなところがある。
「君がまともにこの子の世話をするとは思えないし、美千留さんも忙しい……となれば、結局は俺が世話をする羽目になることは目に見えているんだから」
 先回りして考える癖がついてしまったのも、後先考えずに行動する彼女らの面倒をみるようになってからか。気を回してばかりだと老けそうでいやなんだよなと口の中で毒づきながら、透吾は近くにいた社員の一人を呼び止めた。
「ああ、中江くん。少し万里のことを押さえていてくれないかな。俺は出かけてくるから」
「あ、藤波センパイ。分かりました」
 体育会系の後輩は二つ返事で頷いて、万里の体をひょいと抱え上げた。彼らも万里の扱いには慣れたものである。
「意地悪! 冷血人間! トーゴの血は何色だ!」
「……まったくどこでそんな台詞を覚えたんだか」
 抱えられたまま罵倒を浴びせてくる万里を背後に、透吾は小声で毒づいた。
 ――まったく、損な役割だ。