遺品蒐集家は見た






 美術館の帰りである。
 高坂和泉は公園に見知った人の姿を見つけて、顔をしかめた。できれば――というか、できなくとも会いたくはない相手だ。藤波透吾。男の名前を口の中で呟く。
(なにをしているんだろう、あの人)
 彼は小さなダンボール箱の前にしゃがみ込んで、なにやら話しかけている。
「ああ、そんなふうに引き留められてしまうと困ってしまうな」
 まるで女性でも相手にしている口ぶりだが?
「君が可愛いのは認めるけどね、連れて帰るわけにはいかないんだよ。分かるだろう? そりゃあ俺は独り身だけど、部屋の都合とかもあるし――なにより万里が煩い。なにかに夢中になるってのも、俺のガラじゃぁないからさ。ほら、これで許してくれないかな」
 好奇心に勝てず、そろりと後ろから近付いて和泉は透吾の手元を覗き込んだ。黒い仔猫が彼の足元で餌皿に顔を突っ込んでいる。よっぽど腹が減っているのか、口の周りを拭ってやる彼の指先にまでしゃぶりつく有様である。そのたびに小さく笑う男を眺めながら、和泉は硬直してしまった。妙な気を起こさないでそのまま通り過ぎればよかった――と後悔するが、すでに遅い。背後の気配に気付いたのか、はっと振り返ってきた透吾と目が合った。
「…………」
「…………どうも」
 なにを言っていいかも分からず、彼と以前険悪な別れ方をしたことも忘れて挨拶をする。和泉を見ると、彼は珍しくぎょっとしたようだった。高坂くんと引き攣った声で、それでも唇だけで笑んでみせたのはほとんど反射的だったのかもしれない。
「ああ、ええと――猫には優しいんですか」
 他に言葉もなく、和泉は無意識に呟いた。
「いや、別に。というか、万里が拾ってきたのを返しにきただけだから」
 では足元にある値札が付いたままのケージはなにかと問いたかったが。その隙も与えず、彼は手の甲で仔猫をケージの中に押しやるときまりが悪そうに立ち上がってさっさと行ってしまった。あとには和泉だけが残される。
「……なんか変なものを見てしまったな」
 呟いて、和泉は地面に置かれたケージを抱え上げた。中の仔猫は嫌な気配でも感じたように毛を逆立てている。こういうときに限って一人なんだよな――と擬似的な死の匂いに警戒している仔猫を宥めながら、和泉はそのケージを人目に付くベンチの上に下ろした。近くにダンボール箱があったので(もとはこちらに入れられていたのだろう)そこに貼り付けられていた「拾ってください」というメモを剥がし、付け替えておく。
 夕方あたりにでも、もう一度様子を見に来ようか。それとも彩乃に連絡をして、頼もうか――と考えながら、和泉もその場を離れた。