雪に落涙





 六つも年上の男が、ただの小娘相手になにを警戒しているのだろうか?
 不思議に思いながら、距離を詰める。近くで見る男の顔は、やや神経質そうだった。眉間に皺を寄せる眉の下に、切れ長の目。唇は、まるで面白いことなどなにもないとでもいうように引き結ばれている。

「憂鬱なお顔」

 一人分の距離を空けたところで止まって、伊緒里はそっと指摘した。

「ハレの日に相応しいとは思えませんわ」

 硬直したまま動かない男に手を伸ばす。頬は、まるで氷のように冷え切っていた。彼はしばらく唖然としていたようだが、ややあって我に返ったのだろう。酷くプライドを傷つけられた顔で、伊緒里の手を払った。

「失礼」

 呻くように、続けてくる。

「その、少々考え事をしていたもので」
「考え事、ですか?」

 まさか、妹のように時代錯誤な縁談を嘆いていたとでも言うのだろうか?
(そんなタイプには見えないけれど)
 真意を測りかねて、丑雄の瞳を見つめる。彼は困惑していたが、結局気付かないふりをすることにしたようだった。微笑というには無愛想すぎる引きつり笑いで誤魔化すと、今度こそ呼び鈴に手を伸ばした。高い音が響く。高い、人工的な音。拒絶にも似たものを感じてしまって、伊緒里はしばし彼の心境を考えていた。いったい、彼はなにを思い悩んでいるのだろう?

 玄関の引き戸を開けて出迎えたのは、母だ。彼女は丑雄の隣に並ぶ伊緒里の姿を見ると「あら、まあ」と目を大きくしつつも、どこか喜んでいる様子だった。外でのやり取りも知らずに、この縁談が上手くいくと信じきっている。伊緒里は肩をすくめて、「中へ、どうぞ」と隣で佇む男に声をかけた。憂鬱さの消えた丹塗矢家当主の顔で、彼は軽く頷いた。大人のように――実際、大人ではあるのだが――上手く顔を使いわける彼に、どうしてか腹立たしさを覚えて。伊緒里はその日初めて、溜息を零した。