変わり者と恋心
ベッドに寝そべる彼女と、そのベッドに背中を預けて床に座る、俺。離れた位置にあるテレビの画面には、少し前に公開された映画が流れている。所謂、恋愛映画というやつだ。彼女がモデル仲間から借りてきたらしい。夫と子供を持つ女の、秘密の恋。それを俺と見るというのは実際の話どうなんだ、とも思わないこともないが。きっと彼女の中では、後ろめたく思うようなことではないんだろう。その点に関して、俺は高坂五樹に同情している。
ストーリーは少しだけ変わっていて、理不尽と言ってもいいかもしれない。なんの問題も起こりえなかった結婚生活。そう信じていた男の前から、突如として妻が消えるのだ。失踪した女を追いかけて、夫は真相に辿り着く。浮気相手は夫の親友。これだけでも悲惨だってのに、愛してきた一人娘まで実の子じゃないときている。最終的には和解して、数年後――娘の結婚式に、妻と夫と浮気相手の三人で出席してハッピーエンド……ハッピーエンドか、これ?
そんな都合のいいことなんかあってたまるか、と口には出さずに毒づいていると、彼女――高坂巴が不意に呟いた。
「ねえ、貴士」
「なに?」
首だけを後ろへ巡らせて、訊き返す。
視線は画面へ釘付けたままで、巴さんは言った。
「ああいうの、素敵だと思わない?」
「どういうの」
「出会った場所で、改めて愛を告白されるのよ。結婚して二十年も経つと、真新しいことなんかなに一つなくなってしまうから」
普通の結婚生活なんかしたことがないくせに、よく言うぜ。と、これもやっぱり口には出さないでおく。というか、愛人の前で夫に愛されたいって話をするのはデリカシーに欠けるってやつじゃないのか?
俺は顔をしかめながら、今度こそ毒づいた。
「あのさ、俺はあんたの旦那と並んで和泉の結婚式に出るなんてごめんだぜ」
「あら、どうして?」
どうしてもこうしてもねえって話。
「常識」
「って、貴士の口から聞くとなんか変な感じ」
「…………」
そりゃまあ、そうだろうけど。あんたにだけは言われたくなかったよ。
――あんたが高坂五樹と離婚して、俺と再婚してくれるってんなら考えないでもないけど。
なんてやっぱり言えるはずもなくて。溜息を零す俺の背中に、巴さんはベッドの上でもぞもぞと動いて、額をぐいっと押し付けてきた。
「巴さん、なに?」
「なんでもないの」
「旦那でもない男にそういうことするなよ」
「どうして?」
ほら。また、どうしてときたもんだ。
「もっといろいろ、してるじゃない」
「割り切れねーこともあるんだよ。男には」
それがたとえ恋愛感情だったとしても、いや、恋愛感情じゃないと内心分かってしまっているから憂鬱にしかなれないんだろう。そっぽを向く俺に、彼女はなにを勘違いしたのか「好きよ」と囁いてくる。
「そりゃどうも。嬉しいよ」
「貴士は?」
「……好きだよ、俺も」
――というか、俺の方が好きなんだけど。
まるで子供にでもするように頭をぐりぐりと撫で回してくる彼女に、俺は苛立ちを押し殺して代わりに溜息を吐き出した。
(次に和泉を見かけたときは、思いっきりいじめてやろう)
END
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たまには貴士と巴でも。
こうしてまた和泉が不当に恨まれるわけです。