Little Red Riding Hood


(※ハロウィンの赤ずきんパロディです)




「ねえ、赤ずきん。どうして俺の口がこんなに大きいか知っているかい?」

 ベッドの上から覗き込んでくる赤い頭巾を見つめて、彼は勿体ぶった調子で訊いた。まるで老人が出すとは思えない低くも独特な――危険な誘惑を思わせる声で。実際、彼は危険だった。初めて一人でつかいに出かけた少女を待ち受ける、誘惑そのもの。森の奥深くで彼と出会ってしまえば、乙女たちはもう無邪気で無知な子供ではいられなくなってしまう。かけがえのない子供の時を奪ってしまう、凶悪な獣だった。
 ――目の前の赤ずきんは自分の正体に気付いているのだろうか?
 本人が言うほど大きくはない、けれど酷薄な唇の端に微笑を灯しながら、狼は口の中で独りごちる。なあに、正体がばれたところで構いやしないのだ。美しい少女は森の中の狼を怖れる反面で、どこかその自由で危うい存在に憧れてもいる。
 赤い頭巾の華奢な娘は、厚かましい狼の問いかけにふるふるとかぶりを振った。

「君とたくさんお喋りをするためさ。楽しませてあげたいんだよ」

 彼は頭巾から覗く白くて細い首にうっとりと目を細めながら、猫撫で声で言った。

「ねえ、赤ずきん。どうして俺の耳がこんなに大きいか知っているかい?」
「どうしてですか?」

 緊張に上擦った声が、今度は訊き返してくる。
 ああ、そんなに声を裏返らせて。もしかしたら彼女はこちらの正体に気付いているのかもしれない――笑い出したい心地で、彼はまた答えた。

「君の声が聞きたいからさ。そんなに緊張しないで、可愛い声を聞かせてくれよ」
「…………」

 赤ずきんは全身を硬く強張らせて、答えない。
 彼は肩を竦めて、ベッドの中から彼女の肩のあたりに手を伸ばした。華奢な肩に爪を立ててしまわないよう注意しながら、ゆっくりと、最後の問いを続ける。
 ――もう後には戻れないんだよ。好奇心の強いお嬢さん。
 そんな風に思いながら。

「ねえ、赤ずきん。どうして俺がこんなくだらない真似をしたのか知っているかい?」

 緊張した少女は答えることもままならない風に、無言で首を左右に振った。可哀想に、怯えているのか? それとも恥じらっているのか? 深く俯いて、細かく肩を震わせている。彼は、透吾は、そんな彼女に囁いた。

「それはね、君を食べてしまいたいからなんだ。美味しそうな、可愛らしい君」

 彼女の頭を引き寄せる。

「さあ、俺に顔を見せて」

 ほっそりとした長い指で、硬直している彼女の額のあたりをなでる。そのままトレードマークの赤い頭巾を少しずらすと、予想したのとは少し違うくせのある髪が指先に絡んだ。おや、と思いつつもそのまま一気に可憐な彼女の顔を隠していた邪魔な頭巾を剥ぎ取る――相手の顔が露わになった瞬間、狼はひくりとその端正な顔を引きつらせた。
 ああ、どうして今まで気付かなかったのだろう!
 彼女は、いや、彼は赤ずきんなんかではない。確かに華奢ではあるものの、その姿はまるで女性とはかけ離れている。幽霊のように青ざめた青年の顔が、皮肉の笑みを刻んで見下ろしてくる。

「どうも」

 悪夢を見たような心地で、透吾は呻いた。

「おい、高坂君――」

 そうだ。高坂和泉だ。言うまでもなく……男だ。彼が女になりたがっていたなどという話は、聞いたことがない。ああ、それだというのに! 男相手にまるで女性を籠絡するような猫撫で声で囁いてしまった自分の間抜けなことといったら! 口封じに彼を絞め殺したくなる衝動を堪えて、透吾は訊ねた。

「国香くんは、どこかな」
「赤ずきんは嫌だそうです」
「で、代わりに君? 俺には、ちょっと意味が分からないんだけど」
「俺にも分かりませんよ」

 いつものとおり、彼は素気ない。いや、彼に愛想を求めているわけではないが。
 透吾は泣いてしまいたいとすら思いながら、両手で頭を抱えた。

「酷い悪意を感じる……」
「ご愁傷さまです」
「赤ずきんと言えば少女がタブーを犯して悪い狼に食われてしまうっていう、意味深な教訓話じゃないか。それを、君! いざ食べようとしてみたら男でした――なんて、酷い肩透かしだ。そりゃあ、確かに国香くんは少女って歳じゃァないけどさ。でも万里ってわけにもいかないし。少女趣味だなんて誤解されたくないからな……」

 薄情な女装の青年は、相槌すら打ってくれない。そんな彼の代わりに、別の声が答えてきた。少し高い。聞き覚えのある女性のものだ。

「少女って歳じゃなくて悪かったわね!」

 透吾は力なく振り返る――これは薄々予感していたことではあった。

「国香くん、頼むから銃を降ろしてくれないか」

 入り口のところで勇ましくも猟銃を構えているのは、男装もよく似合う快活な女性――つまりは国香彩乃である。なにがそんなに面白いのか、彼女はしてやったりという顔でこちらに銃口を向けている。相手はそのまま発砲しかねない様子だった。弁解しなければ。

「なあ、こんなやり方はないんじゃないか。騙し討ちだなんてさ。そりゃあ、俺は君らに嫌われるようなことをしたわけだけど……童話ではさ、気に食わない相手も正々堂々とやりこめてこそ、というか。ね?」

 言いながら、上目遣いに彩乃を見る。彼女の瞳は無慈悲だった。

「ねえ、藤波さん。赤ずきんの中で、狼が最後にどうなるか知っていますか?」
「もちろん、知っているとも。心優しい赤ずきんは狼のことを許してくれるのさ。そうだろ? なあ、高坂くん――」

 ああ、これは無理だ。説得は無理。彩乃の顔からすぐにそれを悟って、透吾は和泉を引っ張ると、銃口と自分の体の間に彼を挟んだ。なんとなく予想はしていたのか、和泉は抵抗らしい抵抗もしなかった。もしかしたら、赤ずきんの恰好からして本意ではなかったのかもしれない。暗い瞳には、なにか諦めにも似た感情が浮かんでいる。彼は実際、溜息交じりに投降を勧めてきた。

「諦めましょう、藤波さん」
「嫌だよ! 或いは、猟師は誤って狼の代わりに赤ずきんを撃ち殺してしまうとか。狼の代わりに事切れた赤ずきんを胸に抱いて、猟師は後悔の涙を流すわけだ。よくある悲劇だ。チープすぎる。やめておいた方がいい。俺が観客だったら、ブーイングするだろうね」
「なんかもう、めちゃくちゃですよ」
「赤ずきんが君だったって時点で、もう何もかもが台無しだからいいんだよ。というか、国香くん。俺は君と仲直りをしたいし、個人的にもっと親密な関係になりたいとも思う。だからさ、友好エンドの後に改めて話をしよう……」

 得意の長広舌を遮るように、ずとんと銃声が響いた――




END

これ位置的に和泉もろとも貫通していそうな。
最初はワーウルフ藤波とマミー和泉の話にしようと思っていたんですが、たまには彩乃もと思ったので赤ずきんになりました。謎です。