赤ずきんと瑠璃也の話








 名島瑠璃也。
 まぬけなバイト君である彼は、今はデスクに突っ伏してぐっすりと眠っている。余程疲れていたのか、それとも暇だったのか、バイトの分際でいい度胸をしている。
(あとで六さんに告げ口しておこう)
 口をだらしなく開けて涎の洪水を引き起こしている男の、やっぱりまぬけな寝顔を見下ろしながら私はその高くも低くもない鼻の頭を指先でつついた。
 長くも短くもない睫毛。口元の黒子は嫌いじゃない。くせが強くて裾の方が外ハネしてしまうらしい黒髪も、可愛いから嫌いじゃない。何より私と並んだらバランスがとれて丁度良いと思うの。自分のストレートな金髪と彼の髪を比べて、そんなことを思いながら瑠璃也の向かい側で頬杖をつく。同じ目線。顔の距離はさっきより近いっていうのに瑠璃也はやっぱりアホ面を晒して爆睡中。
(失礼しちゃうわ。こんな美少女がじっと見つめてあげてるっていうのに)
 人魚姫はこんなヤツのどこが良かったんだろう。
 サンドリヨンも瑠璃也のことが大好きで、しょっちゅう手を出しては瑠璃也に嫌がられている。

「ばっかみたい」

 趣味わるーい、と口の中で呟いて私はもう一度瑠璃也の顔をじっと眺める。腕っ節が強そうなわけでもない。狼のように荒っぽくて危険な魅力もなければ狩人ほどに勇敢で紳士的でもない。ただ仔兎のように繊細な感覚を持っていて、ある意味ピーター・パンよりも純粋な心を持った――結論から言えば私のような思念が見えてしまう電波なヤツなのだ。

「まあ可愛こぶった人魚姫ややらしーサンドリヨンにはお似合いよね」

 「ヘンターイ、ヘンターイ」と連呼していたら、ぱっちりと目を覚ました名島瑠璃也のジト目が私を正面から恨めしげに見つめていた。

「あのさぁ、赤ずきんちゃん」
「そのセンスの欠片もない和名で呼ぶの、やめてくれない?」
「じゃあ、赤い頭巾のおちびさん?」
「ちびじゃないわよ! 失礼ね!」

 けれど元々名前のない私だから、何て呼んで欲しいのかなんて考えるのも面倒くさくて(だって独逸語でも英語でも、私の通り名は長すぎるんだもの)

「じゃあ、赤ずきんでいいわ」

 そう言って顔をぷいっと背ければ瑠璃也は困った顔をして当たり前のように「赤ずきんちゃん」と呼んだ。
(そうやって人魚姫のこともサンドリヨンのことも同じように呼ぶんだわ)

「まったく最低な男ね」
「なんで!?」
「狩人みたいに優しくて、狼みたいにおバカさんなんだから」

 「そういうとこ、直した方がいいわよ。そんなんだから人魚姫やサンドリヨンに絡まれるのよ」そう、親切にも忠告してあげた私に、瑠璃也は曖昧な表情でいつもと同じように「あはは」とゆるーく笑ったのだった。