地獄の大公は或る女に語る




 パンドラの開けた禁断の箱の底。残るのは希望などではない。最後に救いを期待するのは我らの悪い癖だ。
 希望とは何か。
 実に不確かなものだ。希望はあくまで望みであり、現実ではない。不実な甘い誘惑だ。
 その本性を考えると、成程。確かにその箱の底にただ一つ、取り残されたかのように希望が共に封じられていたというのも判るというものだ。
 現実となれば人に光をもたらすが、破れれば人を更なる絶望へと送る諸刃の剣であり、実のところは一番質の悪いものではないか――私はそう思っている。

 ――何? 私は悲観的すぎる、と?

 私に言わせてみれば君が楽観的すぎるのだ。君だけではない。一般大衆――というより人間は全て楽観的で何事に関しても無関心で自分の身に起きようとしていることさえどこか他人事のように考えている。
 そうして後から嘆くというのだから、本当に暢気な生き物だとは思わないか。
 失礼。君もそんな泥人形の中の一つだったな。気を悪くしないでくれ。私は元々こういう物言いしかできないのだから。

 ――尤も、これだけは知っておいて欲しい。私はそんな愚かな泥人形を、憎き我らが父や元同胞ほど憎いとは思わないよ。



 唯一悪徳の為にのみ、情熱を注ぐ怠惰で淫蕩な悪魔は光輝く翼を持っていた頃の面影の残る、美しい顔に、にこりと魅惑的な笑みを湛えた。




END