牙頭猛晴はかく語りき

 はじまりは、姪の一言だった。

「猛晴くん、熱海旅行に行っていい?」

 ――もちろん、日帰りなんだけど。
 と、ごく自然に付け加え――いや。ポーカーフェイスを標準装備とした彼女にしては珍しく、平静を装った様子だった。
(だが、隠しきれないあたりはまだ子供だな)
 未熟さへの呆れ半分、愛おしさ半分で、牙頭猛晴は喉を鳴らして笑った。続柄上は叔父姪。とはいえ八雲が七つの頃から保護者として面倒を見ているためか、ほとんど親のような心境ではある。
 可愛い姪。可愛い娘。内心では目に入れても痛くないと思いつつも、溺愛だけはしないように自分を律してきた。大人として親として、過保護さで八雲の将来を狭めることだけはしたくない。未来に広がる様々な選択肢の中から、彼女がより良い道を自分の意思で選べるように――
 もっとも、付き合いの長い親友には「それを過保護って言うんだよ、ガッちゃん」と呆れられてしまうのだが。
 ともかく、だ。
 これまで友人のひとりも作ってこなかった八雲が、旅行。俄かには信じられないことだ。
(八雲も、ようやく世界を広げる気になったか……)
 感動すら覚えつつ、一方で違和感がないわけでもない。
 女子高生が旅行先として選ぶには、温泉地は少し渋いのではないだろうか。友人と行くなら、なおさらに。
(いや、自主性だ。自主性)
 ふっと浮かんだ疑問を頭の隅に追いやる。考えてみれば、同年代の子供たちより大人びている八雲が流行りのテーマパークではしゃぐというのも想像しにくい。
 ――あのさ、仕事に疲れたOLじゃないんだから。
 親友がこの場にいたのなら、やはりそう指摘しただろう。けれど牙頭は話の分かる大人の顔で、ただ頷くに留めたのだ。

「気を付けて……ってのも野暮だな。楽しんでこいよ」

 根掘り葉掘り訊くのも気が利かないなどと恰好付けず、せめて一緒に行く相手の名前くらい聞いておくべきだった――と後悔することになるとも思わずに。







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