「千晴君……」

 なにか訓戒めいたことを言おうとしたのだろう。時雨が口を開きかけたが、山吹がギアを蹴り込んだことに気づくと、そのままなにも言わずに閉じた。
 相棒はいつだって賢明だ。

「明日の新聞の見出しは“警視庁二課の刑事が女子高生を救出。集団暴行を加えようとしていた男たちを逮捕”だ」

 シートベルトを片手で固く締め直し、ハンドルを握ったままブレーキを外す。赤く錆びた鉄扉が目前に迫り、次に衝撃がやってきた。視界の中で、シャッターが一種軋む。
 それから――
 ガシャアアアン!
 歪んだ金属が弾け吹き飛んだ。
 派手な音とともに、鉄の粉塵があたりを舞う。当然作業車も無事ではなく、バンパーはぐしゃりと潰れていたが。
 気にも留めず、山吹は車のドアを蹴り開けた。

「ヒーロー見参ってな!」

 言いながら、駆け出す。
 ぽかんと間抜け面を晒していた手前の男を跳び蹴りで吹っ飛ばし、八雲の上にのしかかっていたひとりの顔面を踵で蹴り抜く。鼻の潰れたような感触に、自然と口元がゆるんだ。

「な、なんだ、お前……?」

 問いを発した男は完全に腰が引けていたが――
 彼の肩を掴み引き寄せる。その怯えた瞳とかち合うと、やはり悦びに胸が震えた。これまでも何度となく繰り返してきた、この瞬間のために自分は刑事になったのだ。圧倒的な正義で悪を叩きつぶすために。誰にも疎まれることなく、正当なものとしての快楽に酔い痴れるために。
 握り込んでいた拳を振り上げ、顔面に叩きこんだ。

「聞いてなかったのかよ。正義の味方だ」
「いや、そんな正義の味方がいてたまるか」
「あ? 悪党が、正義にケチつけんのか? 殺すぞ」

 声の方角を振り返ると、男が四人身を寄せ合っていた。その中の誰の台詞か分からなかったため、順番に殴るかと瓦礫の中から適当な石を拾い上げようとして、気づいた。

「山吹さん……」

 足元に、八雲が転がっている。

「お、大丈夫か?」

 感情の薄い瞳に恐怖の名残を浮かべつつも、少女は首を縦に振った。その健気さに感心して助け起こしてやる。

「ありがとう」

 いつものようにそう言った彼女は、けれどいつもとは違ってはにかんでいるようにも見える――珍しい。

「どうした。感激しちまったか?」
「う、うん」

 八雲は素直に頷いた。そこにいつもの陰鬱さはない。まるで無邪気な子供か、恋を知ったばかりの乙女のように、彼女は白い頬を紅潮させている。

「おい、八雲」

 少女の顔をまじまじと見つめ、山吹は告げた。

「オマエ、そっちの方がいいな」
「え」

 きょとんとする八雲に背を向け、続ける。

「とりあえず、先にこいつらをぶっ潰すか」

 事前に調査していたとおり、彼らは後ろ盾もなにもない若い詐欺グループだ。リーダーは、後方でたじろいでいるホスト風の男で間違いないだろう。
 山吹の乱入で半数ほどは行動不能になったため、この場にいる残りは半分――八雲誘拐未遂事件の実行犯のことを考えれば他にもメンバーはいるだろうし、彼らの勧誘によって集金係をやらされている未成年も多そうだが。

(ま、そのへんは頭を潰せば芋づる式に出てくるだろ)

 大勢でひとりを囲みいたぶることに慣れている彼らは、しかしいたぶられることには慣れていないのだ。自分たちが狩られる側になるとは思ってもいなかった顔で、きっとこうして対峙している今この瞬間もなにが起きているのか理解をしていない。

「その間抜けヅラ、たまんねえよな……!」

 手にした石を握り込んだまま、口元を狙い殴りかかる。嫌な音がして、白い欠片が飛んだ。

「や、やりすぎだ」

 震える声は、彼らのうち誰のものだったのか。
 誰のものでもいい。誰のものでも同じだ。彼らにどんな事情があろうと、悪であることに変わりはない。
 山吹は小さく鼻を鳴らした。

「正当防衛の範囲内だろ。保護対象の身に危険が迫っていたため、作業車でシャッターに突っ込みました。保護対象を守るため、テメェらをぼこしました――正義のためならこの程度のことは許される。何故なら相手は集団でよってたかって女子高生を暴行しようとした悪党だからだ」

 倉庫内の淀んだ空気を見つめ、残酷に告げる。

「勧善懲悪が嫌いなやつはいねえ。悪人の惨めな敗北を、誰も彼もが求めてる。世間がオレの正義を肯定する」




Next/TOP