「蛇尾君。君は夜中に白崎を演じる何者かからDMを受け取り、子供らしい正義感から我々の目を盗んで犯人と接触しようとした。それに気づいた我々は、GPS機能を使い現場へ急行。事なきを得た――」
「確かに始末書案件だな。だが、狙われてたガキを助けて生活安全課が手を焼いた情報商材詐欺グループを捕まえたとなれば釣りがくる」

 あとはバレないよう上手くやるだけだ。
 時雨と顔を見合わせ、二人で八雲を見る。目が合うと、彼女は手の中の携帯電話を握りしめて頷いた。

「じゃあ、夕べのDMに返信するね」

 液晶画面を慣れた手つきでタップし、文字を打ち込む。「誰?」と、一言。それに対する返信は早かった。
 ――白崎凜の友人だよ。君は聞いているんだろう?
 それを見た八雲が、顔を上げて訊ねてくる。

「どう答えたらいい? わたし、なにも知らないんだけど」
「このアカウントのことは解析班も監視していますから、事件について決定的なことは書かない方がいい。あなたの無関係を通すことが難しくなる」

 時雨は答え、顎に指を添え目を瞑った。考えている時間はそれほど長くなかったが。

「それをここに書いて大丈夫なのかと返信してください」
「おい、時雨。それは少しギリギリじゃねーか。場合によっては、解析班に疑われるぞ」

 横から口を挟む山吹に、時雨はいえとかぶりを振った。

「これから行うことを思えば、詐欺グループのリーダーを釣り出すためのブラフで通るでしょう」
「詐欺グループ? それ、わたしに言っていいの?」

 これは八雲だ。

「情報商材詐欺ですよ。これから犯罪者と対峙しなければならない人間が、それくらいのことも知らないのは都合が悪いでしょう。問題ありません」

 時雨の返事はあっさりしたものだ。

「君の級友、白崎凜は情報商材詐欺のスカウト・広告役をやっていました。今回の件は白崎への制裁と口封じです。彼女、辞めたがっていましたからね」
「あー……美味しい話って、そういう……本当に裏があるやつじゃん。馬鹿なことしたね、アイツ……」

 八雲が少し目を伏せ、小声で付け加える。

「……変なことに手を出さなきゃ、まだ挽回できたのに。高校卒業なんてすぐじゃん」

 呟きには、様々な感情が混じっているように聞こえた。事件に巻き込まれたことに対する恨みと憤り。けれど、それだけではない。実の家族が原因で居場所を失った白崎に対して、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。

「下手な同情はやめておけよ」
「山吹さん……」
「本人が後悔しようがなにしようが、オマエに立場を押し付けて逃げようとしたことは事実だ。そんな自分を恥じるならともかく、オマエを道連れにしようとしたんだぞ」

 酷かもしれないが、事実として告げておく。

「そうだね」

 と、短く頷いて。八雲は素早く返信を打った。賢明な判断だ。相手が八雲のことをどれだけ知っているのかは分からないが、時間をかければ警察が傍で指示していると悟られる可能性がある。
 実際、相手はやり取りの中でこんな言葉を使ってきた。
 ――本当は、警察に話したんじゃないの?
 やはり慎重になっている。
 だが、引いてはいけない場面だった。駆け引きは対等な立場でなければ成立しない。こちらの手札を見せるのは最小限に、相手の不利を錯覚させなければいけない。それでいて、相手に逆転の余地があると思わせるのだ。
 だから、八雲にはこう答えさせた。

「警察は、わたしと白崎の関係を疑ってる。まともに話を聞いてくれないし、このまま監視が続けば学校で変な噂も立てられるかも。どうにかしたい」

 ――どうにかできるよ。オレが守ってあげる。
 喰いついた。
 ここまでは笑ってしまいたくなるくらい順調だ。けれどこちらはすぐに話に乗らず、躊躇するそぶりを見せさせた。

「大丈夫? 誘拐犯の人たち、三人もいて失敗したけど」

 その質問は見過ごせないはずだ。
 相手は物知らずな高校生ばかりをターゲットにして得意になっている人物で、弱いものいじめ同然の犯罪の成功体験から万能感を得ている。プライドと気だけは大きい。
 返信は案の定、予想したとおりだった。
 ――オレを実行犯のグズどもと一緒にするな。
 所詮は騙せる相手しか騙さない小悪党だ。隣では時雨も、もう興味を失ったような顔をしている。

「では、会う場所を。そうですね、相手に決めさせた方がいい。自分が決めた、という事実は相手に安心感と油断をもたらすものですから」

 相手が指定してきたのは埠頭の倉庫だ。
 さらに時間をおけば警察に嗅ぎつけられかねないからと誘導し、今日の夕方を指定させた。

「夕暮れの埠頭か。殺意が隠しきれてねえぞ」

 さすがに夜だと八雲も警戒すると踏んだのだろうが。

「ひと気のない場所なら我々にとっても好都合です」
「……オレたちが通報されるようなことはやめろよ」
「大丈夫ですよ」

 半眼で見つめる山吹を無視して、時雨が話題を変える。

「さて――次は蛇尾君がどうやって我々の目を掻いくぐって埠頭へ行くか、ですかね。これが意外と難しい」
「自宅保護に切り替えたらいいんじゃねえか?」

 山吹は答えた。自宅保護とは、保護対象を自宅へ戻し、警官が交代で自宅周辺を警備することだ。場合によっては室内で待機することもある。

「さすがにオレたちの保護下にあったのに警視庁ここから逃げられました、ってのは外聞が悪すぎるぜ。自宅を張ってる最中にトラブル発生、その騒動の最中に……の方が仕方ねーかってなるだろ」

 我ながら名案だと思ったのだが、八雲は渋い顔だ。

「自宅かー……」
「なにか不都合でもあるのか?」
「猛晴くん――叔父さん、わたしが自宅保護になったら、仕事を他の人に任せて傍にいてくれると思うんだよね。今の状況だと。そんな叔父さんの目を盗んで家を出る方が難しそうだし、仮に成功しても叔父さんは自分を責めると思う。それはちょっと嫌だな……」

 安定のファザコンだった。

「なんだよ、その警察の落ち度にできないかなって顔は! オイ、ふざけんじゃねーぞ!」
「まあまあ、千晴君」

 言葉だけでいい加減に仲裁し、時雨は体ごと八雲の方へ向き直った。彼相手ではさすがに勝手が違うのか、少女の背筋が伸びる。

「この作戦を、君の叔父さんにも話しましょう」
「保護者の立場として了承するか? それ」
「彼にとって、必要なリスクですよ。彼女にとってもね。分かってもらうしかありません。大切なものを失うのは我々ではなく、彼なのですから」

 山吹は意外に思った。
 他人の喪失を気にかけるのは、どうにも彼らしくない。この相棒は、むしろ人が大切なものを失い堕ちていくさまにこそ悦びを覚えるのだから。

「妙に肩入れしてねえか、時雨」

 訊ねると、彼は呆れた声で答えた。

「君がそれを言いますか、千晴君。遊びなのか献身なのか分かりかねますが……私は君に付き合っているんですよ」
「はあ?」

 言葉の意味も、呆れられている理由も分からない。
 ――オマエ、分かるか?
 視線だけで八雲に問いかける。が、彼女にも身に覚えはなかったのだろう。少し首を傾げ、きょとんとしている。時雨だけがなにもかも分かったように、もう一度ハアと大きく溜息を零した。




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