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「帰れ」

 牙頭猛晴は訪問者たちに向かって、素気無くそう告げた。

 ――お嬢さんを自宅保護に切り替えます。
 警察からそう連絡が来たのは、昼前のことだ。新店舗の視察もそこそこに切り上げ、自宅マンションへ戻った。
 例の刑事からお嬢さんの今後について話をしたいと言われれば応じない理由はなかったし、そうでなくても感情を押し殺しがちな姪のことが心配だったからだ。が。

(なんだ、この悪そうな刑事どもは)

 刑事たちの訝しげな顔を見るに、第一印象はお互い様といったところか。八雲を挟み、困惑気味に睨み合う。
 二人の刑事のうち、特に柄の悪い男が八雲に向かって「おい、こいつ本当にオマエの叔父さんか?」と確認したときには階下のゴミ捨て場にぶん投げてやろうと思ったが。
 姪の手前、どうにか理性で踏みとどまった。

「お前らこそ、本当に刑事なんだろうな?」

 八雲の腕を掴んで引き寄せながら唸る。

「揃って悪役みてえなツラしやがって」
「正義に向かって悪役とはいい度胸だな! おい、オマエの叔父さん絶対堅気じゃねえだろ。どうなってんだよ!」

 後半は、これも八雲に向けられた言葉だ。鮫のようなギザ歯をむき出しにした刑事に詰め寄られて、可哀想な姪はすっかり参っているように――牙頭には――見える。

「テメェ、姪に指一本でも触れてみろ。潰すぞ」
「あ?」

 互いに一歩も引かず、表情を険しくして身構えた。男二人の間で潰されかけている八雲が悲鳴を上げる――

「なんでこんないきなり険悪になってるの……」
「まったく。独身男の保護者気取りほど厄介なものはないということですかね。千晴君、もちろん君も」

 眼鏡の刑事が嘆息し、相方の肩を叩いた。

「我々には茶番に興じている時間はないはずですよ。まだ昼とはいえ、作戦会議の時間はあるに越したことがない」
「作戦会議?」

 わけが分からず、牙頭は眉をひそめた。

「昨日とは雰囲気が違うな」
「お嬢さんへの疑いがほぼ晴れましてね」
「そりゃ良かった。で?」

 それがどうかしたのかと訊ねる。眼鏡の刑事――時雨は視線だけであたりを見回す仕草をして、声をひそめた。

「中でお話させていただけるとありがたいのですが」
「…………」

 牙頭は逡巡した。プライベートの空間に警官を入れたくないというのが本音だ。だが、いつものように店舗の方へ誘導するわけにもいかないことも理解はできるのだ。

「他のやつに聞かせたくない話なんだな?」
「ええ。警視庁の同僚たちにさえ」

 軽く顎を引く時雨を一瞥し、八雲に視線を落とす。姪は少し心細そうに胸の前で手を拳の形に握りしめている。

(お前がそんなふうにするなら、余程のことだな)

 声には出さなかった。
 八雲の弱いところを、人目に晒したくなかったからだ。
 姪はいつだって大人顔負けに冷静だった。もっと幼い頃でさえ実の両親を恋しがって泣くことはなかったし、口さがない他人の言うことに傷付くそぶりも見せたことはなかった。育ての親の牙頭にさえ弱音を吐かず、ただ寂しくなったときだけは無言で隣にやってきて牙頭の服の裾を握った。だからだ。
 ああ、この小さな生き物を強く育てなければ。
 そんなふうに思った。反面、守らなければとも。それは親としての感情だった。さすがにコウノトリを信じる年齢でもないが、しかし、仮にそういったものがあるとすればきっと彼女は間違えただけなのだろうと思う。
 生まれてくるタイミングと場所を間違え、紆余曲折の末自分の許に戻ってきたのだと――

(ってのは、さすがに妄想がすぎるか)

 牙頭は溜息をひとつ吐き出すと、彼女の頭に手を置いた。

「心配するな」 

 その言葉に応える代わりに、八雲が目を細める。いつもと変わらない掌の重さに、安堵しているようにも見えた。そんな彼女の様子に、牙頭は唇を緩めた。
 それから刑事二人を真っ直ぐに見据え、告げる。

「……入れよ。茶は出さねえからな」

 キッチンに備え付けたダイニングテーブルは四人掛けとはいえ、大人の男が三人も席に着くと酷く窮屈だった。
 本気で茶を出す気のない牙頭に代わり、八雲がグラスを用意して大人たちの前に並べた。
 中身はミネラルウォーターだ。
 牙頭の気持ちを尊重することと、刑事たちへのもてなしを両立しようとしたらしい。姪のずれた気遣いに苦笑いしつつ、牙頭は内心、珍しいなと思った。日頃は牙頭以外にほとんど関心を示さない八雲である。

(警視庁での扱いは、悪くなかったってことか)

 それで、真面目に話を聞いてやろうという気になった。そんなこちらの気配を察したのだろう。

「では、本題に入りましょうか」

 時雨がひとつ咳払いをし、話し出す。

「単刀直入に言いますと、蛇尾さんのクラスメイトが情報商材詐欺事件に関わっていましてね。詐欺グループのメンバーとのトラブルで殺された可能性が高いわけです」
「……?」

 話が見えず、眉をひそめる。
 反射的に「それがどうした」と返さなかったのは、先にひととおり話を聞こうと決めていたからだ。




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