他人と向き合う。
 山吹にとってのそれは、もっとひりついたものだった。
 デスク越しに向かい合い、相手を試すような言葉で腹のうちを探り合う。ずっと、そういったものだと思っていた。それに比べたら、八雲との会話は雑談と変わらない。そんな雑談の中にすら他人にない誠意を見出す少女に、山吹は少したじろいでしまった。大衆の中での孤独を知っているからこそ狡猾で、叔父以外の人間を信用しない――そんな子供だと思っていただけに、裏切られた気分だった。
 ――これは多分、ぐちゃぐちゃにしたら直らないものだ。

「……あまり、他人を買いかぶんじゃねーぞ」

 乾いた声で言い返す。

「普通はさ、信じろって言うじゃん。みんな」
「だからなんだよ」
「昔わたしに他人をあてにするなって教えてくれた人は、世界で一番信頼できる人だから。やっぱり似てるなって」

 それが誰のことを言っているかは、すぐに分かった。
 ――刑事さんて、叔父さんみたいなこと言うね。
 言葉の意味を噛み締めると首のあたりがむずむずした。悪をぶちのめして賞賛を得たときに感じるものとは、別の感覚だ。決して心地の悪いものではないことが、かえって腹立たしい。
 押し黙っていると、八雲はいっそう無邪気に告げてきた。

「だから、わたしも考えたことは正直に言おうと思った。勝手に行動して迷惑かけたくなかったから。失望も、されたくなかった。叔父さんがそういうふうに育てたって思われたくないっていうのもあるけどね」

 最後にそう付け加えて微笑んでみせたのは、彼女なりの気遣いだろう。笑顔はだいぶぎこちなかったが。

「……このファザコンが」

 苦し紛れの憎まれ口だ。時雨がこの場にいたなら、子供相手に大人げないくらいのことは言ったかもしれない。けれど、八雲は予想に反してやわらかく目を細めた。

「そういう言い方してくれたの、山吹さんが初めてだよ」
「は?」

 言葉の意味が分からず、眉をひそめる。
 八雲は声のトーンを変えずに言った。

「白崎みたいなやつ、多いから」

 山吹は少し遅れて、その言葉の意味を理解した。周囲から散々、叔父との関係を邪推されてきたことを言っているのだろう。そう呟く口元には安堵すらある。いや、それにしても。

(ちょろすぎねーか)

 それとも、賢しらぶった大人にそう思わせるのも八雲の処世術なのか。真意を探ろうと少女の目を見つめる。
 目は口ほどにものを言うというが、澄んだ琥珀色の瞳はやはり酷く読みにくいのだ。たとえばペットの蛇が人間を飼い主と慕っているのか、自動給餌器と思っているのか、人には判断ができないように。
 ――一応、大人として信頼はされてんだろうな。
 そう解釈することにして、山吹は話を戻した。

「で?」

 短く訊き返す。
 それで、八雲も話が逸れていたことに気づいたようだ。

「ごめん。ええと、大人は子供守らなきゃいけないから、こういうの嫌なのは分かるんだよ。倫理的な話抜きにしても、子供は大人より身体的にも精神的にも未熟だし。信用がないとも言うよね。もっともだとは思う」

 まずは大人の言い分を認めてから、彼女は続けた。

「でも、今回は、ターゲットが明確でしょ?」

 自分自身を指さして、

「わたし」

 と。交渉術としてはスマートだ。
 人は普通、正面から意見をぶつけられると反感を抱く。相手が子供なら猶更だ。だから彼女は一般論を肯定して、特殊な状況への代替策として自分の案を並べてみせた。論旨も明確で、これ以上ないほど分かりやすい。
 だから山吹は敢えて言った。

「それならオマエに返信させて、警察が張る」

 ――というのは、大人の欺瞞だ。
 詐欺グループも馬鹿ではない。八雲が警察に保護されたことは知っているだろうし、警戒もしているだろう。その上で、それでも八雲に接触を図らなければならないほど追い詰められている。八雲の囮としての効果は絶大だ。
 一方、餌のない捕縛作戦は成功の見込みが低い。
 誘拐事件での身代金受け渡しにおいて、交渉の場に警察だけが張り込むことは実際にある。だが、人質救出のため慎重に作戦を練る警察側と同じくらい、犯人も神経を尖らせている。少しでも違和感を覚えれば彼らはすぐに身を引く。それで人質が殺されたというケースもざらにある。
 しかも今回の場合、相手は八雲の命を欲しがっている。身代金と違って誤魔化しが利きにくい。遠目に彼女の姿が見えなければ現場には寄り付きもせずに逃走、ということもありうるだろう。
 捕縛に失敗して水面下に潜られてしまえば、警察としてできることは少なくなる。そこから先は想像に難くない。彼女の保護が手薄になった頃を狙って――

「……わたしは、自分の命を賭けるなら成功する見込みが高い方がいいな。死にたいわけじゃないから」

 見透かした顔で八雲が呟く。それで覚悟が決まった。

「また始末書ですね、千晴君」

 山吹の代わりに答えたのは、時雨だった。
 いつの間にか起きてきていたらしい。応接室の入口で立っている彼は、珍しく口元をにやつかせていた。




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