そのままログを読み進めていく――やり取りしたうちの何人かは誘導に従ったようだ。それとは別に、事の発端となった八雲のアカウントへのメッセージも確認できた。

「復元しても前後のメッセージはなし、と」
「あのガキが関わっていない可能性は高くなったな」

 時雨とふたり、顔を見合わせて頷く。
 八雲には珍しく肩入れしてしまっている。その自覚が、山吹にはある。態度には出さないが、時雨も同じだろう。
 詐欺集団から狙われ、信頼するただひとりの身内の許へ帰ることも許されない。そんな状況で弱音ひとつ吐かずに大人に頭を下げたあの少女を、無事日常へ返してやるのも刑事の務めではある。
 とはいえ、ふたりは同情や信頼が往々にして裏切られるものだということも知っている。
 捜査二課が相手にしているのは、犯罪計画に人の情まで織り込む卑劣な知能犯だ。年齢は関係ないことが多い。彼らは狡猾だ。感情を隠すことが巧みで、機を見る力に長けている。
 贔屓目抜きに、蛇尾八雲にもその素質がある。
 白崎のメッセージに気づいてから警察に接触するまでの速さ。警察からの信用を得られなかったところで失望するでもなく、すぐ方針を変える柔軟性。詐欺集団を利用し、自らの身に迫る危険を証明する行動力。
 それは平時に役立つ才能ではない。学生の集団にあって目立つ才能でもない。だが、だからこそ道を誤れば危うい。どれだけ彼女と交流を重ね、同情を覚えても、ふたりがその事実から目を背けることはない。警察としての矜持だ。

「今、少し安心したでしょう。千晴君」

 見透かした瞳で、時雨が訊ねてくる。
 山吹は素知らぬ顔で頷いた。

「女子高生を殴るのは、大衆の認める正義じゃねぇからな」
「そういうことではないと思うんですがね」

 知ったような微笑を浮かべつつ、けれど相棒はそれ以上踏み込んではこなかった。何事もなかったように、ログの確認作業へ戻っていく。

「外部誘導後の使用アプリはふたつ……」

 広く利用されているコミュニケーションアプリでは身元が特定されやすいせいだろう。さらに匿名性が高く、またグループ化したメンバーを監視することに特化したアプリが導入されていた。どちらもどこかで見たようなUIが使われているため、初心者でもすぐ使えるのが厄介だった。
 それがどれだけ危険か分からないまま使ってしまう。自分が犯罪に片足を突っ込んでいることに気づいたときには、もう遅い。犯罪に加担した――あるいは実行犯になったという弱みを握られ、抜けられもしない。

「……未読一件」

 点灯する通知を見て、時雨がぴくりと眉を上げた。グループではなく、白崎個人に宛てたもののようだ。

「今日が君の選択の最終日ね――?」

 日付は、白崎が転落死した日の前夜。

「随分と意味深だな。選択ってなんだ?」
「ノルマの報告日だったら、そのように書くでしょうね。文字通り受け取るなら、白崎がなにかを選ばなければならない状況にあったということだ」

 なにか手がかりになるものはないかと、もう一度ログを読み直す。位置情報の記録。暗号化されたマクロ機能付きファイル。口座番号リスト。脅迫動画の断片――
 まだ確認していないものはいくつかあったが。

「この履歴、おかしくねぇか?」

 SNSアカウントのログに奇妙な送信履歴を見つけて、山吹は画面を指さした。正しくは未送信履歴だ。下書きとして保存し、送信前に消したらしい。詐欺グループ幹部への報告や末端メンバーへの連絡とは関係なさそうな文章がいくつか並んでいる。

----------------------
――どうしてわたしばっかり。ようやく選んでもらえたと思ったのに。こんなの全然、特別じゃない。辞めたい。誰かに引き継いだら辞められるかな。でも誰に……
――リーダーに相談したら家まで来られた。個人情報、教えてないのに。?今までどおりやらないと、どうなるか分かってるよね??って。どうなるんだろ。怖い。
――全部、父さんが悪い。娘と同じ年頃の女に痴漢するとか気持ち悪い。泣いてばっかいるの母さんも馬鹿みたい。
――学校のやつらも巻き込んでやりたい。わたしが悪いわけじゃないのに、人のこと遠巻きにしやがって……。
――特に蛇尾。アイツが一番ムカつく。親に捨てられたくせに、わたしは人生うまくやってます、お利口ですって顔しやがって。まともな家の子じゃないんだから、もっと不幸そうにしてろよ。
――どうせ親戚のおっさんに抱かせてんだろ。
------------------------

 文章は、次第に怨嗟の熱を帯びていく。

「逆恨みだな」

 そう声に出して確認するまでもない。どうしようもなく行き詰ってしまった子供の幼い悪意。あるいは、現実から目を背けるための八つ当たりだった。

「……蛇尾君を巻き込んだ動機がはっきりしましたね」
「つまり、アイツは悪意の最後をひと押ししたわけだ」

 白崎も、それが八つ当たりに過ぎないことは分かっていただろう。だからこそ下書き機能を日記代わりに使い、胸のうちを誰にも明かすことなく削除した。彼女が八雲を情報商材詐欺に誘おうとしたのは、組織内での立場を守るためというより、同じ不幸の沼に引きずり込む目的もあったに違いない。
 けれど八雲は上手い話に乗らなかったばかりか、白崎にとって一番痛いところを突いたのだ。核心と言ってもいい。
 ――美味しい話には裏がある。
 それはふたりの足元に引かれた、境界線だった。何百回繰り返しても、八雲があやしい誘いに乗ることはない。
 誰より、尊敬し慕う叔父のために。
 白崎は絶望しただろう。当たり前のように正解を選び取った八雲とは対照的に、間違った道へ流されてしまった自分の未来を予感して。だから最悪の未来にほんの少しでも、八雲を巻き込んでやろうと思ったのかもしれない。答えを知る当人がいないため、その胸のうちを想像することしかできないが。

「やれやれ。子供の喧嘩に随分と振り回されてしまった」
「それを言うなら、アイツらの方が悲惨だろ」

 嘆く時雨に、山吹はそう答えた。
 アイツらというのは、詐欺グループのことだ。

「小悪党どもがガキの嘘にビビッて派手に動きやがった。もう後には引けねえし、オレたちも逃がさねえ」

 チャットアプリでの指示系統や八雲の襲撃犯の様子から鑑みると、詐欺グループはおそらく典型的なピラミッド型構成だ――背後に元締めとなる反社会的勢力などが付いていなければの話だが――計画立案者となるボス、指示役兼スカウト役のマネージャー、そして使い捨ての実働部隊。
 組織の規模が最小単位かつ、直接犯罪に関わるのが実働部隊のみなので通常は尻尾を掴みにくい。だが、今回に限っては話が別だ。
 マネージャーに位置していたであろう白崎を殺させた。実働部隊は彼女がスカウトした高校生や大学生ばかりで、後始末も拙い。一応の破壊を試みたとはいえ、彼らは携帯端末を現場に残してしまっている。
 刑事の目の前で八雲を襲撃したのも、致命的だった。

「白崎が残した下書きに、“リーダーに相談したら家まで来られた”とありましたね。少なくとも彼女はトップとの接触があったということです。あとは解析班に位置情報の記録を照会させれば、手がかりが掴めるかもしれません」
「白崎が運営してた“副業女子アカウント”へのログイン履歴も調べさせるか。白崎からあのガキへの最後のDMに気づいたってことは、他の端末から操作してるだろ」

 そうと決まれば話は早い。
 ふたたび解析班に連絡して各記録の照会を依頼する。作業が一段落した頃には、もう夜も白みはじめていた。




Next/TOP