断章の真実

 ――深夜。捜査二課、フロア。
 山吹はデスクに足を投げ出して、すっかりぬるくなった缶コーヒーをぐいと呷った。形ばかりの始末書を仕上げ、書類送検の準備も大方整ったところだった。
 時雨の方も供述調書をまとめ、ようやく一息付けるとばかりにデスクの端に置いたミニサイフォンで湯を沸かしている――彼の私物だ。

「よくやるよなぁ。こんな時間に火ィ使って」
「火ではありませんよ。アルコールランプです」

 時雨はサイフォンのフラスコをくるりと回し、科学実験さながらに抽出の工程を見守っている。彼の持つ神経質な雰囲気も相まって、傍目には休憩中の刑事よりも研究中の科学者の方がしっくりくるかもしれない。

「千晴君は、缶コーヒー派でしたね」
「いや、別に派閥ってほどでもねぇけど……」

 時雨の視線に理解できないと言いたげな感情が混ざる。それを横目に見ながら、山吹は再び缶コーヒーを啜った。

「企業努力の味だろ」

 時雨とは対照的に、山吹はコーヒーにこだわりがない。飲めれば味はどうだっていい――とまでは言わないでも、ボタンひとつで気軽に手に入る利便性が勝る。味だって、時雨が言うほど悪くはない。大量生産の工業品は、大衆の想像や期待を大きく裏切らない。ハズレない。
 大抵の場合、それで十分なのだ。
 もちろん、コーヒーに嗜好品としての価値を見出す相棒に文句をつける気もないが。
 フラスコの中で泡立つ湯が室内の照明を反射し、それを見つめる時雨の瞳にも光が灯った。

「丁寧な生活というのは大切ですよ」

 ――いつそれが失われるか分からないからこそ。
 と、彼が無感動に瞬きをする。
 それは常に危険と隣り合わせにある刑事としての心掛け――というよりは、奪う側の傲慢さだろう。他人の積み重ねてきた日常が崩れ去るその瞬間を想像してはひとり悦に浸るのが、時雨賢人というひとなのだから。
 これといった話題もなく、深夜の課室に静寂が下りる。山吹がなんとはなしに――応接室で眠っている――八雲の様子を見てこようかと考えていると、不意にノックの音が響いた。
 慌てるでもなく二度。コン、コン、と。

「どうぞ」

 時雨が短く応じる。
 入ってきたのは若手の解析班だ。眠気を振り払うためか眉間に力を込めながら、タブレット端末を手渡してくる。

「どうぞ、こちらが白崎のスマホ端末データになります。本体は破損が激しくデータもかなり消されていましたが、コミュニケーションアプリのバックアップとと写真データからいくつか復元できました」

 タブレット端末を受け取って、時雨がざっと目を通した。
 山吹も横から覗き込む――フォルダには詐欺グループが使用していたアプリの一覧と、白崎が最後にアクセスしたURL、消された動画データの断片、SNSのアカウント情報の記載がある。

「裏アカは……ビンゴだな!」

 アカウント名を見て、山吹は声を上げた。
 睨んでいた通り、情報商材詐欺への関与が疑われていた自称女子高生インフルエンサーのアカウントと一致する。投稿内容は笑ってしまうくらい典型的だった。

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――最近、身近な子が副業始めて笑顔が増えた!
――学生さんやフリーターさんにもオススメ。
――「やってみたい」って思ったらDMください。
――副業でキラキラ女子活!
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 そこに※個人情報、顔出しなしで大丈夫です。と、注釈が添えられている。
 学生には手の出しづらい高級ホテルでのディナーやコスメの写真が添付された投稿もあり、同じく学生と見られるアカウントが数件「DM送ります」とコメントしていた。
 その言葉どおり、やり取りはDMへ続いている。

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【新規DM 三件】
――ご連絡ありがとうございます!
――今回の副業は、完全在宅・スマホ一台で完結する「サポート型ワーク」になります。初心者の方でも安心して始められるようスタッフが付きます。
――・登録料、研修費は一切かかりません。
――・専用アプリにて詳細をお伝えいたします。
――興味があれば、下記にご返信くださいね。
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 白崎が送っていたのは、概ね以上のようなメッセージだ。そこへコミュニケーションアプリへのURLを貼りつけ、詐欺被害者たちを外部誘導する。その手口に特別なものはない。飽きるほど見てきた、情報商材詐欺の手口だった。
 悪意が蜘蛛の巣のように広がって、獲物を待っている。傍から見ればあまりにも露骨なのに、哀れな被害者だけが気づかない。

「こういう手口に引っかかる馬鹿、まだいるのかよ」

 嘆息する山吹に、時雨も肩を竦めた。




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