「刑事さんてさ」
「なんだよ」
「叔父さんみたいなこと言うね」

 神妙な顔でなにを言うかと思えば。
 ――ヒーローみたい!
 そんな賞賛を期待しただけに、がっくりしてしまう。
 まあ彼女にしてみれば親代わりの叔父は唯一の味方でヒーローとほとんど同義ではあるのだろうが。

(叔父さん、叔父さんか……)

 ひとりぼっちになった親戚の子供を引き取る善人。
 どんな人間だろうかと想像してみる。思い浮かんだのは洋画に出てくるいかにも人の好さそうな中年男だった。
 それも確かに大衆が求める正義、善性ではある。

(けど、しまらねえよな)

 やはり目指すべきは悪を圧倒的な力で叩きのめす正義の味方だ。ひとり納得して、山吹は八雲に視線を戻した。

「オマエの叔父さんはともかく、オマエが嘘を吐いてないなら被害者だ。被害者なら堂々としてろ」
「いや堂々としてる被害者って、そんなにいなくない?」

 彼女は不思議そうな顔をしていたが、こだわることでもないかと考え直したようだ。あっさり話を元に戻した。

「ええと、それで……最初に会ったときにも話したけど、白崎からDMが届いたんだよね。放課後から夜にかけては叔父さんの店でバイトしてるから、読むのが遅れて」

 言いながら、ふたたびメッセージ画面を見せてくる。
 そこには最初と同じようにたった一言――

「蛇尾、すべてを聞いてくれてありがとう……」
「なにも知らない人が見たら、親しい相手だって思うよね」

 八雲は難しい顔をしている。

「正直これ見たときは、なんか嫌だな程度のものだったんだけど……今日学校来たら、みんな白崎が死んだって話をしてるから。それで、ああって」
「ああ?」
「たとえば危ないことをして儲けてた白崎が誰かに殺されたんだとしてさ――どうせ死ぬならムカつくわたしを巻き込んでやろうって思ったとしても不思議じゃない」

 と、八雲は苦虫を噛み潰した顔で言い切ったが。
 山吹は少女の鋭さに内心舌を巻いていた。白崎がSNSインフルエンサーとして情報商材詐欺に関わっていたかもしれないという話は、まだ外部に漏れていない。
 事件か自殺か定かではないという理由で警察が捜査に入っている――学校関係者にはそう伝えた。マスコミも、しばらくは自殺の線を疑って報道していくはずだ。校内でいじめがなかったかどうか執拗に嗅ぎまわっているという話がすでに伝わってきている。

「オマエ、本当に白崎からなにも聞いてねぇのか?」

 山吹はもう一度だけ訊ねた。
 八雲が事件のことを知っているとは、正直思っていない。これまで様々な知能犯と対峙してきた経験から、彼女が嘘を吐いていないことは分かる。
 けれど、「最悪の予想」だけで選択肢の中から正しいものを選べる彼女の危機管理能力の高さは、手放しで信じられるものでもない――そういう話だ。
 再三の同じ問いかけに、八雲は苛立った様子もない。
 怒りの感情が薄いというよりは、感情的になれば不利になると分かっている。そんな様子だった。行儀よく揃えた膝の上で両手を拳の形に握り込みながら、それでも冷静に答えてくる。

「聞いてたら隠す必要ないっていうか、むしろわたしにとってはもっとやりやすかったよ。だって、知ってること全部刑事さんに言えば、それで終わりだったんだもん」

 斜に構えた雰囲気とは裏腹に、彼女は優等生なのだ。
 その本質に気づいてしまって山吹は密かに身震いした。唯一の庇護者である叔父の他は頼る者のいない娘。彼女の世界にヒーローはいない。常に周囲を索敵しながら他人を信用せず、ひとりで自分の世界を守ろうとしている。
 その大切な世界を壊してやったのなら!
 山吹の胸のうちにある、悪い癖が顔を覗かせる。
 悪者の夢をメチャクチャにするのがヒーローの仕事なら、羽化したての蝶のようにやわらかな思春期の心を憧憬で焼き切るのはヒーローの夢だ。
 八雲は――

「白崎がなにに関わってたのか分からないから、こうして自分が関係ないって証明することさえままならないし、自分が誰に狙われてるのかも分からなくて困ってる……」

 どんなに賢くても、まだ未成年だ。
 大人と――少なくとも狡賢い犯罪者たちとわたり合ってきた刑事と――やり合うには、経験が足りない。

「なるほど。オマエの話は分かったよ。筋も通ってる」

 物分かりのいい大人の顔を作って、山吹は頷いた。

「え?」

 八雲は訝ったようだ。
 だが期待と警戒心がない交ぜになった歪な笑みが、その顔にぴたりと貼り付いている。それで確信できてしまう。
 彼女は理解されることに慣れていない。
 だからこそ理性の部分で怪しさを感じながら、目の前の大人に期待せずにはいられないのだ。
 この人は理解者かもしれない、と。
 そも人は群れで生きる動物だ。どれだけ強がって孤独を受け入れても、心の奥にはマイノリティへの不安がある。




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