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「で、誰から攻める? 適当に学生掴まえるか?」

 フロントガラス越しに校門の様子を伺いながら、山吹は後部座席へ訊ねた。部活動をする生徒の姿はない。
 生徒の死因が転落死であること以外不明なため、危険は避けようというのだろう。あるいは警察の聞き込みを警戒して生徒たちを帰宅させたがったのかもしれない。
 といっても、子供たちは大人の思惑など知るはずもない。
 校門付近の生徒たちは、いつまでもそこに留まって動く気配がない。雰囲気からして事件の話をしているのだろう。すぐに帰宅しそうにはない雰囲気だった。

「そうですね。学校側から厄介な緘口令が布かれる前に、学生の話を聞いてしまいたいところではありますが……」

 相棒はしばらく慎重に窓の外を眺めていたが、不意に「おや」と声を上げた。

「なにか、見つけたのか?」
「いえ。こちらが見つかったようです」

 その言葉の意味を訊き返すより先に、時雨が続けてくる。

「千晴君、外へ」
「オレが? なんでだよ」
「君の方が子供受けはいいでしょう?」

 後部座席で薄く笑っている彼を見ると、それもそうかという気がしてくる。仕方ねぇなと呟いて、山吹は運転席のドアを開けた。瞬間、

「助けてください」

 飛び込んできたのは、少女だ。遠めに見える学生たちと同様、制服を着ている。顔立ちは整っているが華やかさはない。むしろ陰鬱な雰囲気さえあったが、その翳りの中に人の目を引き付けるなにかが存在していた。

(まるで、ヒーロー映画のワンシーンみてぇだな)

 興奮が半分。反面で冷静さも半分に、そう思う。

「どうした?」
「朝から、変な人に尾行つけられているんです」

 声をひそめ囁いてくる少女に、後部座席の時雨とふたり顔を見合わせる。相棒は相変わらず笑みを浮かべたままだ。

(相変わらず、趣味が悪いな)

 このいかにもなシチュエーションに乗れというらしい。山吹も真面目な顔を作り、助手席のドアを開けた。

「まあ、乗れよ」

 促されて、少女は少し躊躇ったようだ。
 あるいは躊躇うふりをしてみせただけなのか――どちらとも取れる反応だった。少女の様子を不躾に観察しながら、最近の子供はこえーなと、どこか他人事のように思う。

「警戒すんな。警察だって分かってて声掛けてきたんだろ」
「……はい。賭けの部分もありましたけど」

 少し強めに促すと、少女は素直に助手席へ回った。
 ドアを閉め、アクセルを踏む。

「で、どういうつもりだ?」

 人通りの少ない道を走らせながら、山吹は隣へ訊ねた。少女は助手席に乗ってからも安心した様子はなく、むしろいっそう警戒心を強めているようにも見える。

「……なにがですか?」

 少女は慎重に訊き返してきた。
 しらを切ったというよりは、こちらの出方を窺っていたのかもしれない。とはいえ、子供の駆け引きごっこに付き合ってやる義理もない。山吹は悪態とともに告げた。

「わざわざオマエの猿芝居に乗っかって学校から離れてやったんだ。そろそろいいだろって言ってんだよ」
「千晴君」

 時雨が後ろから、やんわりと口を挟んでくる。

「すみませんね。ウチの相棒は気が短いもので」

 とはいえ、フォローに入ったわけではないことはすぐに分かった。彼はいつもの調子で静かに続けた。

「ですが、彼の言うことも確かです。我々は日頃、賢さを武器にする知能犯を相手にしておりましてね。彼らの嘘に比べれば、子供の嘘など見抜こうとする必要すらないもの」

 こちらの方が、余程効いたようだ。
 少女はごくりと息を呑んで、ルームミラー越しに時雨と見つめ合っている。視線を逸らすこともできず――いや。

「ええと……その、配慮してくれてありがと」
「あ?」

 意外にも、素直に感謝されてしまった。
 ぽかんと口を開ける山吹に、少女は軽く頭を下げた。

「嘘吐いて、ごめんなさい」
「随分と降参が早いな?」
「嘘吐くことが目的じゃないから」

 それは嘘ではなさそうだ。
 感情の読みにくい琥珀の瞳が、今度は山吹を捕らえる。まるで爬虫類のように、ただ見つめるだけの瞳。そこには後ろめたさも打算も、希望さえも感じられなかった。
 そのまま数秒ほど見つめ合い――
 そして少女は出し抜けに言った。

「わたし、多分なにかに巻き込まれてる」
「なにか?」

 思わず訊ねた山吹に、逆に訊き返してくる。

「白崎凛のこと、訊きに来たんでしょ。刑事さんたち」
「…………」

 子供にしては観察眼が鋭い。
 だが、その程度だ。驚くほどのことでもない。
 学校近くに停まった見慣れないセダン。セダンの中でもクラウン系は覆面車として使われることが多い。
 そこから警察と見込んで一芝居打ったのだろう。
 この少女が今回の事件に関係ありそうなことは、とうに分かっていた。時雨が視線を彷徨わせ、こちらへ近づいてくる彼女の姿に気づいたときから。

「昨日の夜に白崎からDMが送られてきたんだ」

 言いながら、少女は後部座席へ携帯電話を放った。
 液晶画面を見たらしい時雨が、眉をひそめている。

「蛇尾、すべてを聞いてくれてありがとう――これは?」
「知らない。知らないけど……」

 そこで少女ははじめて本当に声色を曇らせて、嘆息した。

「これ見たら、普通はわたしのこと怪しいって思うよね」
「そうですね。たとえ君が本当はなにも聞いていなかったのだとしても、これを見た人間はこう思うでしょう」

 なにもかも知った顔で、時雨が少女の台詞を引き継ぐ。

「白崎さんが死の直前、君になにかを託したのだと」
「すげぇ嫌がらせだな、そりゃ」
「まさしく、嫌がらせだと思う」

 軽い気持ちで頷く山吹に、少女は首を縦に落とした。
 それは同意というより、うなだれただけにも見えたが。

「わたし、白崎に恨まれてた」
「いじめでもしたか?」
「違うよ。昨日、言い合いになったんだ。アイツがうちの家庭事情に口出すから。こっちも父親の話、持ち出した。痴漢して捕まったって、刑事さんなら知ってるでしょ?」
「知ってるもなにも、捕まえたのは……」
「まあ、それなりに」

 山吹が答えるより先に、時雨がそう濁した。子供相手に情報を漏らしすぎるなということだろうが、面白くない。

(オレの相棒は慎重すぎるな)

 声には出さず毒づいて、仕方なしに話題を戻す。

「で、根に持った白崎が死ぬ前にオマエを巻き込んだと。にしても、オマエはなにをそんなに焦ってんだ」
「やっぱ事件っぽいんだ?」
「疑問に疑問で返すなよ。育ちが疑われるぞ」

 そういう言い方をしたのは意地が悪かったかもしれない。
 少女は少し押し黙って、それからまなざしと同じくらい感情の起伏を感じさせない声色で言い直した。

「わたしの保護者、お店やってるんだ。わたしがこういうことになったら、きっとすごく困る。だから……」

 先に手を打とうとした。というのは健気な話ではある。

「保護者、ねえ……」

 心得た声色で、時雨がひとりごちる。
 さすがに山吹も察していた――少女は親という言い方をしなかった。おそらく実両親ではない誰かに養われている環境にあるのだろう。
 とはいえ、それが分かったからといってなんだという話でもある。ヒーローの仕事は、弱者への同情ではない。
 そもそも少女が本当に弱者なのかも分からない。今は。

「信じてくれたって顔じゃないね」

 鋭く指摘してきた少女の声には、しかしかすかな落胆が含まれてもいた。

「信じる信じない、それ以前の問題ですよ」

 時雨が諭すように言った。
 相棒の言葉は正しい。
 警察として正義を為すなら、突然飛び込んできた少女の言い分を一方的に認めるわけにはいかないのだ。
 たとえ結果的に真実の一端であろうと、まず手札を揃えなければどうにもならない。転落死の真相すら分からない現状とあっては――

「もういいよ。下ろして」

 少女は失望したようだ。
 いや、そういうふうに見せているのか。声にはわずかに違和感があった。その違和感の正体を密かに探りながら、山吹はかぶりを振った。

「そういうわけにもいかねぇだろ。このDMが本物ならオマエは重要参考人だ。改めて取り調べる必要がある」
「でも、今の段階では強制力とかないでしょ」

 相変わらず可愛げがない。
 顔をしかめながら時雨を見る。彼も肩を竦めている。

「仕方ねぇな」

 その気になれば脅しつけることはできただろう。けれどそれをしなかったのは、少女がなにかに賭けていることに気づいたからだった。
 落胆はしても絶望はない。その意志の強いまなざしには執念深ささえ感じる。

「じゃあね、刑事さん」

 山吹が車を停めると、少女は静かに外へ降り立った。
 ドアを閉める瞬間、もう一度山吹の顔を見つめ――

「もしも改めて取り調べをするならさ、学校ともお店とも関係ない場所で声を掛けてくれるとありがたいな」
「オレたちにその頼みを聞いてやる理由、あるか?」
「ないね」

 あっさり答えて去って行く。その後姿を眺めながら、

「君にしては、随分と突っかかりましたね」

 普段ならどうということもない相棒の揶揄が、どうにも刺さる。胸の内に理由を探って、山吹は苦く告げた。

「最初から期待してないって顔されると、ムカつくだろ。ガキならガキらしく、助けを請えばいいじゃねぇか……」
「子供相手に多くを望むものではありませんよ、千晴君」

 時雨はそんなふうに窘めると、ところでと話題を変えた。

「彼女、どうして車から降りたんだと思います?」

 本気で理由が分からなかったというよりは、試している口ぶりだ。千晴は少女の歩いて行った道の先を眺めたまま答えた。

「んなもん、必要だったからだろ?」

 別れ際の言葉を思い出す――「もしも改めて取り調べをするならさ、学校ともお店とも関係ない場所で声を掛けてくれるとありがたいな」――人目を避けるなら、このまま警視庁へ向かう方が、少女にとっても都合がいい。
 では、何故。
 答えは簡単だった。
 彼女は巻き込まれた被害者であることを証明しなければならないのだ。変死した級友と前日にトラブルを起こした重要参考人ではなく、被害者という立場を確立しなければならない。






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