(多分、それができると確信してもいるんだろーな)

 そんな山吹の予感を肯定するように、時雨が呟いた。

「この先に、見通しの悪くなる路地がありますね」

 思考が途切れ、現実へ引き戻される。
 反射的にアクセルを踏み込んだ。後部座席の相棒はそれを予想していたのだろう。急発進に驚いた様子もない。
 前方には脇道から合流してきた黒のハイエースが一台、なにかを探すように徐行している。

「いかにもなシチュエーションじゃねーかよ」

 ハンドルを握る手に力がこもる。
 いかにもすぎて逆に怪しいが、悪党というものは往々にしてそんなものだ。次のアクションに移る準備をしながら想像が現実に変わるその瞬間を待つ。ハイエースと一定の距離を保ちながら、じりじり進む――いた。
 道のさらに先に、つい先程別れた少女の後姿が見えた。
 喪服みたいな黒のセーラー服に、紫紺の短いスカート。
 少女は背後を気にする様子もなく歩いていく。不用心なほどに。山吹同様、なにかを待っているようにも見えた。その姿に吸い寄せられるように、ハイエースが停車する。

「嫌になるくらい、手のひらの上だ」

 背後で時雨が嘆息した。ハイエースのドアが開いたのは、それとほとんど同時だった。骨ばった男の手が少女の腕を掴み、車内へ引きずり込む。
 ――警察の目の前で誘拐するなんて間抜けもいいとこだ。
 内心ひとりごちて、けれど口に出さなかったのは相棒の言う「手のひらの上」への腹立たしさも感じていたからだ。

「おい、そこのハイエース! 止まれ!」

 一応、拡声器で先に声を掛ける。
 無視。まあ、想定の範囲内ではある。
 車が二台ようやくすれ違えるような道だった。その細い隙間に山吹はセダンをねじ込んだ。逃走しようとしていたハイエースに向かって、車体を押し付ける。

(始末書もんだな)

 そんなことを考えながら、開けた車窓からハイエースのタイヤに向けて発砲した。重たい命中音とともに、車体が傾く。派手な抵抗も予想していたが、相手は素直に戦意を喪失したようだ。大人しくその場で停車した。
 山吹はにやりと笑った。

「始末書、一枚で済まなくなっちまったな」
「発砲と合わせて二枚。それでも君には勲章でしょう?」

 時雨の溜息を聞き流し、車外へ出る。
 正義のヒーローとしては、むしろここからが見せ場だ。
 閉まりかけていたハイエースのドアを勢いよく蹴り付け、シートにしがみついていた少女をひょいと掴む。
 車内は散々な有様だった。
 運転席に頭を抱えた初老の男が一人、後部座席には男女一人ずつ。彼らが少女を拘束する役割だったのだろうが、先の競り合いでどちらも体勢を崩してひっくり返っている。

(三人。ま、殴り甲斐はあるな)

 彼らを視界の端に留めたまま、山吹は少女を睨んだ。

「おい、自分の思うとおりになって満足か? クソガキ」

 少女は目を大きくして山吹を見上げている。
 可愛げがないなりに多少は恐怖を感じたらしい。血の気の薄い頬はいっそう白く、青ざめてさえいた。それでもやはり美しいのだ。一瞬、はっと目を奪われてしまうほどに。

「思うとおりになったわけじゃない。賭けただけだし……」
「その賭けで、オレは始末書二枚だ」
「ごめんなさい」

 騒動の元凶である少女は素直に謝ると、息を吐いた。

「あと、気づいてくれてありがとう」

 やはり、礼を言うことは忘れない。
 世界に対して斜に構えているように見えるのに、一方で憎み切れないのは、性根の善良さが垣間見えるからかもしれない。彼女には助けを求める可愛げがない。そのくせ、頭を下げることには抵抗がない。保護者とやらの体裁を守るためなら、自ら囮になることもする。
 自分の生活を守るためでもあるだろうが、それにしてもいっそ健気なほどだ。

「……オマエ、名前は?」

 そういえば聞いていなかったなと思いながら、訊ねる。

「八雲。蛇尾、八雲」

 少女――蛇尾八雲は答えた。声はまだ震えていた。




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