◇◇◇

 白崎が死んだ。
 翌日の教室は、そんなニュースで持ち切りだった。
 教師は当然事件について濁そうとしたようだが、白崎と同じ町内に住んでいたクラスメイトが昨日の騒ぎを得意になって触れまわったため、昼前には学校中に「生徒が自殺したらしい」という話が広がっていた。
 家の近くの廃ビルから転落した――真相だけを抜き出すならどうやらそういうことらしいが、生徒たちはほとんど自殺と決めつけて好き勝手に憶測を足している。
 八雲はといえば――

(いや、なんで。どういうことなの)

 教室の隅で、愕然と携帯電話の液晶画面を見つめる。
 八雲は昨日の夕方、白崎からSNS経由でダイレクトメッセージを受け取っていた。チャット型アプリで直接繋がりたくないため、それなりに話をするクラスメイトには連絡先としてSNSを教えている。
 そのうちの誰かからアカウントを聞いたのだろう。
 彼女とは放課後に言い合いをしたばかりだったので、その延長だろうとしばらく放っていた。
 夕方から夜にかけては叔父の店でのバイトもある。結局メッセージを開いたのは、日付が変わる頃だった。
 メッセージは一言。
 ――蛇尾、すべてを聞いてくれてありがとう。
 意味が分からない。

(すべてって、なに?)

 眉をひそめつつ。
 すぐになんの話かと訊き返したが、返事は来なかった。当然だ。その頃にはもう、彼女は死んでいたのだから。

「……やられた」

 小声で呟き歯噛みする。声を潜めずとも、クラスメイトたちは八雲のことなど気にも留めていないが。
 このことは、絶対他人に知られてはいけない気がした。
 少なくとも、信用できない他人には。

(これ、意趣返しかもしれない)

 それも、命を懸けた――
 死因の性質上、警察はあらゆる可能性を考慮して捜査を進めるだろう。当然、SNSからこの奇妙なメッセージにも辿り着く。
 万が一にでも重要参考人ということにされてしまえば、噂はあっという間に尾ひれ背びれがついて広まる。
 今の、この状況と同じように。

(そうなったら……)

 まず最初に思い浮かんだのが、牙頭の顔だった。
 叔父を疎ましく思っている人間は、同業他社をはじめとして腐るほどいる。未婚の彼が姪を養育しているという話でさえ悪意でもって様々に憶測をされているというのに、その姪が同級生の死に関わっているとなれば。

(迷惑をかけるどころじゃない。自殺でも、他殺でも)

 ぶるりと身震いをした――自分の不運と、こんな状況でさえ白崎の死を悼むより、先のことを考えてしまう自分に。
 とはいえ、やはり嘆いている暇はないのだ。
 ――「泣き言と文句ばっか言うような馬鹿にはなるな」
 叔父がなにかの折に一度だけ、そう言ったことがある。その言葉を、八雲はよく覚えている。
 正直なところ、将来の夢とか、やりたいこととか、そういったものはまったくない。すべてをどこかへ置いてきてしまったように胸の内は空っぽで、そこにはただ手を差し伸べてくれた叔父への感謝と尊敬だけが詰まっている。
 叔父が喜んでくれるのならなんにだってなりたいのに。
 それが彼の望む答えでないことも、分かっているのだ。だからなんの夢も持たないなりに勉強だけはしてきた。
 叔父を嫌う怠け者たちのようにだけはなりたくなかった。

「八雲、どこ行くの?」
「……帰るよ。なんか今日、あちこち大騒ぎだし」
「相変わらず一匹狼だね。白崎のこと、気にならない?」
「いや、むしろこの騒ぎ方はちょっと不謹慎かなって」
「まあ、そう言われてみれば確かにそうだけどさ」

 肩を竦める級友に別れを告げ、教室を後にする。
 やるべきことは決まっていた。






Next/TOP