いつか

 真っ白な砂浜に名を書いた。影二の名前を書いて、その下にこっそりと自分の名前を。二つの名前が並んでいるのを眺めて、密かに嬉しいような後ろめたいような気分になる。
(ナニしてるんだろーなー、わたし)
 誰かに見られたら恥ずかしいな。そう思いつつもなんとなく消すのを躊躇って、もう一度だけ二つの名前を眺める。影二とわたし。うん、ちょっとしあわせ。なんて、我ながら病的だ。末期だ。
 消すぞ。消す。せえの、
「消してしまうのか?」
「うん」
「何故」
「だって、誰かに見られたら恥ずかしいじゃん」
「そうか」
 声は言って、わたしの隣にしゃがみ込んだ。
 ――こ、え。隣を見る。
 どうにも最近は、というか少し前から、この男の気配にだけは恐ろしく疎くなっている。
 彼――如月影二はわたしが文字を消した地面を見つめたまま笑った。
「誰に見られたら、恥ずかしいと?」
「…………!!」
「存外可愛らしいことをしてくれる」
「あ、あ、あ?」
 見られた!
「これは、その……」
  別にやましい気持ちがあるわけじゃなくて。 そうじゃなくて。
「その、ほら、影二にはまだなにかとメンドーかけてばっかりだし、足引っ張るし、名前だけでも」
「ほう? 名前だけでも?」
「横並びになりたいかな……」
 なんてさ、下手な言い訳!
 もうちょっとなんかあるでしょ。って肩を落とすわたしを見て、影二は鼻を鳴らした。
「ならば」
 指先を地面へと走らせて、
「オレも手伝うとしよう」
「なにを」
「自分の胸に訊け。それとも」
 名前を書き終えたその手を、地面に置いたままのわたしの手の上に重ねる。 あー、駄目だ。これ、駄目なやつ。こうやって妙に距離詰めてくるときの影二ってさ、十中八九意地悪なことを考えてるんだ。わたしだって 学んでいるんだよ。 頭の中では警報がけたたましく鳴り響いてる でも、体は動かない。頭では分かってるのに。わたしの体なのに。まるで影二の意思を優先してるみたいにぴくりとも動かない。
「オレが訊いてやろうか」
 ざざぁ、と、一際大きな波が打ち寄せて、足元を濡らしていく。塩を含んだ水がべとりと纏わりつく不快感よりも、布越しに一瞬だけ触れた唇の感触だけがやけに生々しくて……ていうか、え、あ、あ!
「ちゅーした、今……?」
「さて、な」
 目を白黒させるわたしの顔を見て、影二は意地悪く瞳を細めてみせた。



END

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