お前とふたりの静謐に

 暗い夜空の下にある、彼女の姿が好きなのだ。
 それを本人に告げたことはないが。
 一メートルほど先を歩く恋人――ユナ・ナンシィ・オーエンの揺れる襟足を眺めながら、如月影二はひとりごちる。
 月のない夜。空には星のひとつも見えない。
 けれど等間隔に取り付けられた街灯の光に照らされる形で、ユナの髪だけが明るく輝いている。太陽の下にあっては銀というよりはくすんだ灰といった色合いでも。
「影二。なに考えてるの」
「お前の……」
 その、視線を感じ取って振り返ってくるような可愛げのなさを。と、言おうとしてやめる。それを言えば、ユナはいつもと変わらない顔で「BOOOO!」とブーイングをしてみせるのだろう。そうして、ほんの少し、誰もそうと分からぬ程度に傷付くのだ。空の色と同じ瞳を曇らせて――と、そこまで考えて影二はそっと息を吐いた。無遠慮な言葉のいくつかを呑み込むようになったのは、いったいいつからか。
(考えたくもないな)
 考えたくもない。
(拙者が、誰かに合わせるなど)
 言葉にしてしまえば、歯軋りせずにはいられなかった。仕方がない。生まれ持っての性分だ。思えば、養父の顔色さえ窺ったことはなかったかもしれない。
 思考が逸れそうになったことに気づいて、かぶりを振る。
「――お前のことを」
 そうして言い直した、その言葉の陳腐なことといったら。
 顔をしかめながら、目を丸くしているユナの隣に並んだ。
「いかにも女に毒された男の言う台詞よな」
「それは……エエト、光栄ですって言えばいいのかな」
「なんとでも」
 それこそ可愛げのない言い方だったかもしれない。
 顔を見合わせて少し笑う。ひそやかに。それから体の横で揺れていた、ユナの手を音もなく掴んだ。彼女も今度は驚くでもなく指を絡め返してきた――触れ合ったところからじわりと広がる熱を、どこか心地よく思う。同時に、忌々しいとも。
「お前だけだ」
 吐き出した声は、やはり怒りを孕んでいた。
「それも――うん、光栄かな」
 弾む声を遮るように、飲み込む。吐息は酷く甘かった。







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