06

「一気に決めるで!」
 小気味の良い破裂音とともに、肉塊が弾けた。
「なんや、口ほどにもないやっちゃ」
 得意気に鼻の下をこすりながら、拳崇。
 とはいえ、あたりは酷い有様だった。知らずに通りがかる人がいたならば、事件を疑ったかもしれない。飛び散った肉片があたりに散らばっている。それを蹴り上げた拳崇の爪先にもこびりついて、シューシューと湯気を――
「湯気?」
 かかえられたまま彼の爪先を眺めていたユナは、ハッと気付いて声を上げた。
「拳崇、爪先! ツマサキ!」
「はあ?」
「溶けてる!」
「なっ」
 気付いて、慌てて靴を脱ぎ捨てる。
 どこにでも売っているスポーツシューズだ。もちろんそれなりの強度もあるはずだが、足の甲半ばまで溶けて靴としての役割を果たさなくなっていた――それが合図になったというわけでもないのだろうが。
 それまでぴくりとも動かなかった肉片がずるずる地面を這いずりながら集まって、ふたたびひとつにまとまった。これでまた振り出しだ。
「くっそ、不死身か? アイツ」
「ってわけじゃないと思うけど……山の村では、影二があっという間に倒したし」
「どないして?」
「オーバーキルみたいな――って言っても伝わらないか。えっと、元の形に戻る隙を与えなかった。肉片の一欠片も残さず殺しきるって感じ!」
 それを聞くと、拳崇は気軽そうに頷いた。
「おし、分かった」
「できるの?」
「両手使わなアカン。前言撤回でスマンけど、ちょい後ろにおって」
 ユナをひょいと降ろし、改めて構え直す。
 それは功夫の型にも似ていた。両手を体の前で交差させる。例の青白い光が集まって、ちょうど相手と同じ大きさの球体になった。それを素早く前方に飛ばしながら、拳崇が叫ぶ。
「超球弾や!」
 熱をまとったエネルギー弾が炸裂した。肉の焦げる臭いがあたりに充満し、
「よっしゃ。もいっちょ行くで!」
「斬鉄波!」
 上から被せるように声が響いた。
 斜め上空から降り注ぐ真空の刃が、ふたつめの超球弾ごと肉塊を切り裂く。無理やり破裂させられた熱波に焼かれ、あとにはなにも残らない。それを見て喜ぶでもなく、拳崇は空を見上げた。
「なんや、お前! あとから来て美味しいとこもって行くんは、マナー違反や」
 視線の先には――
「ふっ、笑止」
 烏天狗が黒い翼をゆったり動かしながら、空中で制止していたが。彼はまだなにか言いたそうな拳崇の前に降りてくると、挑発気味に鼻を鳴らした。
「拙者の嫁が世話になったことだけは、感謝しよう」
「嫁……?」
 きょとんとする拳崇に、ユナは耳打ちした。
「呪いを抑えるためにわたしと結婚してくれた烏天狗。影二って言うんだけど」
「いくらあやかしは見た目やない言うても、嘘やろ。オレの知り合いに悪人判定されそな顔やないか」
 こちらの会話はもちろん聞こえているのだろう。影二はぴくりと目元を引き攣らせ、さらに一歩踏み込むとユナの手首を掴んだ。
「行くぞ」
 有無を言わせぬ調子だった。
 珍しいなと思いながらユナは半歩だけ体を引いた。その場からは一歩も動けなかったものの、影二との間にこぶしふたつ分ほどの空白ができる。
「って言われても……拳崇と雅典娜さん捜し手伝うって約束したんだよ」
 拳崇の方を気にしながら告げると、影二はぎょっとしたように手首を掴む手に力を込めた。
「アテナを捜しに来たのか、あの小童」
「知ってるの?」
「ならばなおのこと、この場を離れねば」
 そのまま強引に空へ逃げようとするが。
「待ちィや!」
 浮きかけたユナの腰あたりに拳崇が飛びついて、ぶら下がった。二人分の体重に気付いた影二が上昇を止める。ユナを挟んで睨み合うこと数秒。
 先に口を開いたのは拳崇だった。
「知ってること洗いざらい吐いてもらうで」
「貴様に語ることなど、なにもない」
「そないなこと言われて、はいそーですかって引き下がれるわけないやろ」
 引き下がる気のない少年に、焦れた――というよりは酷く焦っているように見える――影二が、大きく翼を広げた。周りで風が渦巻く。
「ちょっと、影二?」
 不穏な気配にユナが声をあげかけたとき――
「サイコボール!」
 女の高い声が、あたりに響いた。
 影二がはっと振り返る。その翼を掠めるように水晶玉のようなエネルギー弾が炸裂した。
「影二!」
 体勢を崩して落ちてきた彼をユナは両手で受け止め――きれはせず、二人揃って墜落した。
 地面と烏天狗の体に挟まれて肺が押し潰される。
「ぐえっ」
 思わず潰された蛙のような声が出た。我ながらもう少し可愛い悲鳴が上げられなかったのかと思いつつ、影二を見る。驚いたような瞳とかち合った。まるで彼の方こそ鯉にでもなったかのように、口をぱくぱくさせている。
 その様子がどうにも?らしく?なくて、ユナは喉を鳴らした。笑い声は口から出ると咳払いに化けたが。
「お嫁さんだからね。って、影二の真似」
 ほんの少しだけ借りを返せたような心地で告げる。影二はその瞬間、酷く気まずそうに目を逸らした。
「影二……?」
「……そんなふうに笑うな」
 ぽつりと言って、さっさと立ち上がる。いつものように手を差し出してくるでもなく、そのままふいと背を向けた。わけが分からない。
 とはいえ地面に転がっているわけにもいかず、ユナも自力で体を起こした。あらためて頭上を見上げる。
「あ……鬼車」
 凶鳥と呼ぶには優しすぎるまなざしで、それは地上を――ユナを見つめていた。十つの首、そのうち頭を欠いたひとつから血が滴って地面を赤く濡らしている。彼女は傍らの拳崇に声をかけるでもなく、口を開いた。
「逃げて」
「え?」
「逃げてください。太歳が来ます」
 その名は。
 大抵の民俗学者が知っている。もちろんユナも。秦の時代から中国に伝わる、土中を進む禍。太歳星君と呼ばれる祟り神。それは土中を進む肉とも呼ばれ、怖れられていたが――
 そこまで思い返したところで、ユナははっと気付いた。土中を進む肉の塊。覚えがある。




TOP