05

「迎えに来てくれたって雰囲気じゃないね?」
「何奴」
 問いかけと誰何が重なった。愕然とする。声に含まれた鋭さを差し引いても、ほとんど同棲に近い恋人への問いかけとは思えない。けれど取り乱しもしなかった。いい加減に目も慣れ、周囲一メートル程度はぼんやりと判別が付くようになっている。警戒しつつユナの間合いぎりぎりのところで佇む男の髪は、暗がりにも分かるほどはっきり短い。
(他人のそら似にしては似すぎてるし、声も影二だしなあ。如月流に恨みのある忍者がなりすまして……るなら、わざわざ見て分かるよな特徴でしくらないか。こんなふうに最初から敵意剥き出しにするなら変装する意味もないし。影二本人が記憶喪失になって髪切ったってのもなし。わけ分からない)
 いくつかの可能性を頭の中で否定して、じっと目の前の男を見つめる。彼の方も油断なくユナに視線をそそいでいたが、ややあって焦れたのだろう。先に口を開いた。
「何者かと訊いている」
「ああ、うん、分かるよ。ごめん」
 そう答えて、ユナはひとまず胸の前で両手を挙げた。
「ユナ・ナンシィ・オーエン。なんかあらためて自己紹介って変なカンジなんだけど、どこからにしようか。影二の恋人って言ったら怒るでしょ、きっと」
「こい……?」
 彼は怒るというより怪訝に眉をひそめていたが、ややあってなるほどと額を押さえた。
「お前、悪い男に騙されたな。任務が長丁場になると、現地で女を作る忍びもいるという。姿を偽り拙者の名を騙った里の者か、でなければ里を出た者か……いずれにせよ、拙者はお前など知らぬ。ここから先へ通すわけにもいかぬ。不実な男に執着することもあるまい」
 その言葉に、ユナは苦く笑った。ああ、これは夢かと理解した。目の前の彼は確かに如月影二だ。声も。仕草も。尊大な調子でいて、奇妙に優しい――そのくせ、やはり万一に備えて後ろ手になにかを構えているようなところも、なにもかも。
「悪い男、か。影二も……ああ、あなたの方ね。影二さんて呼んだ方がいいかな。それとも如月さん?」
「どちらでも。それより――」
 はやく帰れと言おうとしたのだろう。彼を遮って、ユナは続けた。
「じゃ、影二。影二にもそういうことある?」
「なに?」
「任務が長丁場になると、現地で女を作って……ってさ」
 どんな答えが返ってきても――これが夢である以上――自分の妄想でしかないのだろう。それでも訊かずにはいられなかった。そのくせ、今この瞬間にも飛び起きてしまうのではないかと思うほど鼓動の音が忙しなかった。影二はじっとユナを見つめていたが、ややあってふっと顔を斜めへ向けると腹を立てたような調子で言った。
「くだらぬことを。拙者は女など作らぬ」




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