02

「七年前の……」
 ああ、夢か。
 と、影二は思った。なにを馬鹿なことをと一笑に付してしまうには目の前のユナはいっそう大人びていたし、なにより如月の里で落ち着いているのも奇妙だ。そのうち養父に挨拶を――と思いながら、なんとなく将来の話はできないままになっていた。生活がすれ違いがちというのも、よくない。
(あるいはそう思っていた方が、都合がよいのか……)
 互いに二の足を踏む理由については心あたりがないでもない。気付けばこの世にひとり、生じていた。おのれも、彼女も。生みの親からは名を与えられず、生まれた瞬間から空白を抱え、時に割り切り、時に苛立ちながら生きてきた。どうしても埋められないなにか。他人が当然のごとくに持っているなにか。それは幸いにも、互いのうちに見つかったが――
 お前と家族になりたい。
 言葉にすればどうしようもなく陳腐な一言が、どうしても口から出てこない。その陳腐こそ、互いにとって未知の領域なのだ。うまくいかなかったときのことを考えれば、現状維持が余程よい。そんなふうに思っては、らしからぬ弱気だと自己嫌悪した。
(だから、これは夢なのだ)
 なにもかもが上手くいった未来。仮初の幸福。夢の中にそれを求めるおのれへの腹立たしさ半分に、影二は目の前のユナを見つめた。
「ならばオレは七年後のユナ、と応じるべきなのだろうな」
 それとも女房と呼ぶべきかと、皮肉交じりに訊ねる。ユナは気を悪くしたふうでもなく、好きに呼んでよと笑った。
「喧嘩したんでしょ、七年前のわたしと」
「喧嘩と呼べるようなものではないと分かっているくせに」
「どうして?」
 首を傾げる彼女に、まくし立てる――夢の中、おのれと対話しているようなものだと思えば遠慮することもない。取り繕うことも。
「勝手をするのはオレばかりだ。言いたいことの二つや三つもあるだろうに呑み込んで、ああして頭を冷やしに行く。帰ってきては何事もなかったようにお前が折れて、元通り……」
「出来た女でしょ」
 ユナはふふと笑っている。
 影二は苦虫を噛みつぶした顔で、けれど素直に頷いた。
「ああ」
「そこは否定してくれないと、気まずいじゃん」
「否定など」
 できるものかと呟くと、ユナは困ったような顔をした。綺麗な正座は崩さずに両手を畳みに付いて、ついと距離を詰めてくる。
「あんまり負担かけたくなくて、かえって気を揉ませちゃってるね。そういうの、若い頃は上手くなかったから……ごめん。わたしね、いつだって影二のことが大好きなんだよ」




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