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 幼い頃、散歩の途中で通りがかった競技場。高跳びを見た幼馴染が綺麗だと言った。だから彼の腕をひいて、こう告げた。
「万里の方がうまくできるもん。浩くん、見ててね」
 幼い嫉妬だった。
 でなければ羨望だった。焦燥だった。いつでも前を向いて歩く幼馴染の後ろをついていくばかりで、一度だって対等だったことはなかった。なかったと、思う。いつだって彼の気を引きたくて、甘えることもした。駄々を捏ねることも。どうやらそれだけでは駄目らしいと、幼心に感じ始めた頃だった。
 そのとき見た幼馴染の怪訝な顔を、相馬万里は今も覚えている。なにを言っているんだ、お前は。そう言いたげに。けれど優しい彼はそれを口に出したりせず、一言。
「そうか。頑張れよ」
 そう、万里の頭を撫でたのだった。
 ただそれだけで自分はなんだってできると思った。
 ただそれだけで自分はなんにだってなれると思った。

 これはきっと、そんな傲慢さの罰なのだ。

 中学最後の大会前、わき見運転の車に引っかけられて、よりにもよって腱を断裂したというのは。
 笑えもしない。事故を起こした運転手の方が余程の重傷だったから、両親は「運がよかった」と言って泣いた。友人たちも同様だった。
「日頃の行いがいいから」
「万里ならスポーツ推薦がなくても一般入試余裕でしょ」
「どうせうちの陸上部は弱小だし――」
 見舞客の慰めを聞き流しながら万里は一言も口を利かなかった。適切な治療とリハビリを続ければ人並みに走れるようにはなるというのが医師の見立てだった。それは、つまりどう頑張っても陸上競技には戻れないという宣告でもあった。
 そうと気づいた瞬間の居たたまれなさといったら。
 たったひとつ。幼い頃からの執着心だけを頼りに、ただ陸上に打ち込んできたのだ。ロードワークを口実にすれば、幼馴染はいつでも付き合ってくれた――お前も大概ストイックだなと笑う彼に、曖昧に笑い返す、その嘘つきな時間が好きだった。
 走れもせず、跳べもしないなら、自分になにが残るのか。嘘だけだ。どうしようもなく子供じみた独占欲と、嘘だけ。
 恥ずかしかった。彼に合わせる顔がないと思った。だから逃げた。逃げ出して、今も後悔し続けている――







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