飛ぶ鳥を堕とす

「わたしね、能京を受けようと思うんだ。浩くんと同じ高校には行けないよ」
 おそらく俺は幼馴染がそれを言い出すまで、ずっと後ろを付いてきていると思って疑わなかったのだ。彼女がいつの間にか立ち止まって、途方に暮れていることにも気付かずに。


 好きなところを挙げるのならば、きりがない。いいや。嫌いなところさえ彼女の一部と思えば愛おしい。それでいて、恋などという浮ついたものではないと片桐浩二は十七になるまでおのれの感情を認めようとはしなかった。四つの時分から十三年もの間、ずっと。
 相馬万里はクリスマスプレゼントだった――サンタ・クロースに妹が欲しいと願った幼い日。クリスマスの朝に向かいへ越してきて以来、密かにそうと信じていたのだ。母親の後ろから体を半分覗かせて、はにかんでいた少女の姿ははっきり覚えている。万里のことだけは、なんだって覚えている。
「よろしくね、おにいちゃん」
 そう舌足らずに、小さな頼りない手を差し出してきたあの瞬間からすべて。

 ◆◆◆

 今でも疑問に思っている。なぜなのか。
 自分がなにかしたのかと訊けば、万里は笑みのようなそうでないような曖昧な表情で首を振った。縦とも横ともつかずに。
「推薦、もらえなくなっちゃったからね」
 その呟きも――だからなんだという話ではあった。初夏のある日に全国模試の結果を持って「浩くんの学校、A判定もらえたから! 来年は後輩になれるよ」と部屋に飛び込んできたのは他でもない、万里自身だ。内申も偏差値も申し分なく足りているならば単純に心変わりということになるが。それ以上はなにも言わないまま、上辺には幼馴染の距離感を残して彼女は能京高校に進学したのだ。







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