相馬万里は譲らない

 少し潤んだつぶらな瞳に、尖った唇。まるで鳥みたいだ、なんて言えばお前はやっぱり唇を尖らせて拗ねるんだろう。

 はじまりは、部内で鬼ごっこが流行ったことだった。
 遊びというよりトレーニングの一環だが、いまいち熱の入らない高谷煉のために導入した特殊ルールが、つまりは負けた方が秘密をひとつ打ち明けるというペナルティだった。たかが秘密のひとつやふたつと侮ることなかれ。思春期の男子高校生は女子高生以上に繊細かつ難しい年頃なのだ――というのは木崎新太郎の弁で、果たして目論見通り然しもの高谷も本気を出してみせた。その結果、知りたくもなかった奏和高校カバディ部部員たちの秘密が次々暴露されてしまったというオチがつくわけだが。
 それはともかくとして。
 そんな阿鼻叫喚の最中に彼女はやってきた。
 高谷曰く「突き抜けた片桐さん馬鹿」木崎曰く「とんでもない我儘女」栄倉曰く「まあ、甘えたがりですよね。彼女」
 部員たちが分かったような口を利いたことに腹を立てつつ、片桐浩二も彼らの幼馴染評価には同意せざるをえなかった。
 能京高校二年生。片桐の幼馴染――相馬万里。
「え、わたしも浩くんの秘密を知りたい!」
 事情を知るや、二言目にはこれだ。
「お前、走れないだろう」
「人並み程度なら走れるよ!」
 その人並み程度で逃げ切れると思っているなら舐められたものだ。むっとしたというよりは、むしろ秘密を暴いてほしいのかと苦笑いで彼女の我儘に乗ってやった。
 いつもと同じように。
(で、結局こうなるわけか)
 片桐はひそかにひとりごちる。
 目の前には、袋小路まで追い詰められた万里の姿がある。元陸上部エースも今となっては飛べない鳥だ。そんなことは万里自身が一番身に染みているだろう。けれど彼女は自分の武器を知っている――少し目を潤ませて、
「浩くん、わたしのこと捕まえるの……?」
 ああ、その顔にはすこぶる弱い。
「煉ばっかり浩くんの秘密を知ってるなんて、ずるい」
 幼い独占欲を隠そうともしない声色にも。
 見つめ合うこと一秒、二秒、三秒。片桐は肺から息を絞り出した。胸の前で両手を上げ――
「って言っても、お前に隠してることなんてないんだがな」
 正直に告げる。
「だよね。そんな気はしてたんだけど」
「だったら」
 なんで。
 じとりと見つめると、万里は拗ねたように唇を尖らせて飛びついてきたのだ。あっという間に腕の中。いつもの距離から見上げつつ「だって、わたしも一緒に遊びたかったの」と零す彼女は確かに突き抜けた幼馴染馬鹿で、とんでもない我儘女で、甘えたがりに違いなかった。
「……やっぱり、腹は立つな」
「なにが?」
 仲間に向けた独り言さえ聞きつけ、今度は一転して不安そうに訊ねてくる。そんな幼馴染のことを難しい女だとは思わなかった。彼女なりの乙女心なのだと思えばいっそう愛おしかった。その背に腕を回し返してやりつつ、片桐はふと思いついて言った。
「ひとつだけ見つけた。お前に、言ってなかったこと」
 なあにと訊き返してくる夕焼け色の瞳に答える。
 眩暈を覚えるほどに柔らかい、唇に甘く噛みつきながら。
 ――俺は、お前が思っているよりずっと嫉妬深いんだ。







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