四月の嘘は灰色

「ねえ、浩くん。今日はエイプリルフールなの」
 そう言って見上げてくる幼馴染に、片桐浩二は困惑した。
 四月一日。確かにエイプリルフールだった。付き合いで入れているSNSでも各企業が渾身のネタを披露していたし、部内でも高谷煉は、三年生を何人騙せるか同級生たちと賭けていた――片桐も例にもれずカモにされたうちの一人だ。
 怒り狂う木崎とともに高谷を追い回したが、まあそれで捕まるような後輩でもない。見失った頃には怒りも消えて、体育館に戻ったところで遊びに来ていた万里を見つけた――前提の話をするならば、そういうことになるのだが。
「それくらいは知ってる」
 他にどう返せばいいのかも分からず、続く言葉を待つ。いつもどおりにこにこ笑う幼馴染は、特別なにかを企んでいるようにも見えない。ただ、目が合うと静かに告げてきた。
「だから、そういうつもりで聞いてほしいの」
「あ、ああ」
 あらたまった彼女の様子に、なんとなく背筋も伸びる。と、
「わたし、ちょっと後悔してるんだ」
 呟いて、ふいに少し遠くへ視線を向けた。その先に高谷を見つけ、片桐は顔を顰めた。体育館の入口あたりで休んでいた木崎が目敏く気づいて、凝りもせず飛び出して行く――あいつも大概、高谷のことが好きだよな。
 ぼんやりとひとりごちつつ、万里に視線を戻す。
 彼女も目の前の光景を同じように眺めながら、複雑そうな顔だった。微笑とも付かず、寂しさとも付かず。
 そんな彼女を見つめていたら堪らなくなってしまったのだ。
「浩くんと一緒に、奏和に通ってたら……って」
 呟く万里の背に触れる。
「エイプリルフールだからね」
「ああ。分かってる――万里」
 頷いて、そのままそっと肩を抱いた。
「俺は、嘘は吐けないんだが……」
「うん、知ってる」
 彼女の返事に、笑みが零れた。そうだ。互いになにもかも分かっている。知っている。心得ている。それで十分だ。
 その肩に置いていた手をするりと下ろして、薬指を絡めた。
「人生のうち、たった三年と思えばいい経験なんじゃないか」
「それってプロポーズかな」
 首を傾げる万里に――今更じゃないかとは口には出さず。
「エイプリルフールが終わったら、教えてやる」




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