「なにが嫌なのか、言ってくれないと分からん」
「えっ、なんでこういうときだけ嘘言うの」
「いや。俺が不器用で察しも悪いのは、お前も知ってのとおりだ」
「し、しれっと……!」
「ついでに言い出したら聞かない」
「それは知ってる」
 こちらは即答されてしまった。普段の行いということなのだろうが。
 だったら――と、見つめ合う。まるで視線だけで交わっているような、淫靡な瞬間だった。
 先に音を上げたのは、万里だ。
「お、おっぱい、先っぽ摘まむのやだ……変な感じするから……」
「…………」
「えっ、なんで急に黙るの。わたしが馬鹿みたいだからやめて――」
 よ。と、言い終わるより先に。
「うぇっ」
 ぐるんと万里の体を半回転させた。
「な、なに」
 急に向かい合わせになる形で、困惑している彼女に告げる。
「どんな顔で言っているのかと思って」
「浩くんのえっち! せくはら! もらはら! たいりょくばか!」
「最後の罵倒は関係ないし余計だ」
 でも嫌いとだけは言わないんだよな、と思いながら。
「甘んじて受け入れるから、好きにさせてもらうぞ」
「やぶへびだった!」
 往生際悪くわめいている万里の乳首に、かぷりと噛みつく。
 仔犬がじゃれつく程度。甘噛みよりももっと軽く。歯を立てるふりで、舌先で嬲る。
「や、それ、やって言ってるのに」
「変になるから?」
「そ……」
「だったら、別にいいだろ」
 変になっても。
 告げると、万里は一瞬だけ絶望したような顔をしたが。
「知ってるんだ。お前は昔から、気持ちのいいことが好きだった」
「変な言い方して、頭撫でてもらうの好きだっただけで――」
「延長みたいなものじゃないか、これも」
「延長なわけないじゃん!」
 これほど説得力のない抗議もないだろう、と片桐は苦笑した。
 散々にとろかされた先端は、熟れた果実のようにぷっくりと赤く腫れている。唾液で濡れて、ぬらぬらと妖しく誘っている。もっと触ってくれと震えている。
「だったら――」
 これも万里の言うセクハラなんだろうなと思いながら、息を吐く。
 冷えた吐息でその白い肌をなぞるように。
「やめるか」
「え」
「やめて、改めてお前の好きなように頭を撫でるだけでも俺は」
 構わない、とまでは言わなかった。言えなかった。それだけで済む段階はとうに過ぎていた。無邪気さは幼い日に置いてきた。それと知られないよう語尾を濁したのは、大人の狡さだ。
「……や。やめない」
 万里が囁く。消え入りそうな声で。甘えたがりな大人の声で。
「浩くん、わたしね」
「ああ」
「ほんとはね、大好きなの」
 ――気持ちのいいこと。
 そうだなとも、俺もとも付かず、胸に口付ける。打って変わって素直な万里が両腕を、片桐の頭の後ろに回してくる――抱かれているような形で、今度はこちらが落ち着かない。
「浩くん、あかちゃんみたいね」
 案の定、これだ。
「赤ん坊はしないだろ、こんなこと」
 ひときわ強く吸う。もう片方を指先でカリカリ弄ってやれば、万里は呆気なく肩を震わせた。
「浩くんのばか……すき……」
「知ってる」
「おっぱいだけでイっちゃうの、駄目な子だよ……」
 というよりは――無意識に下半身を擦り付けてくることの方が駄目だろうと思うのだが。
「スイッチ、入れたのは浩くんだからね。責任取ってよ」
 耳元で囁く声にぞくりとする。
「おかえし」
「おい――」
 ちゅ、ちゅ、と赤ん坊のように乳首に吸い付く万里もそれはそれで可愛いのだが。
「浩くん、乳首きもちい?」
「いや、あまり」
「うそ……」
 ガンとショックを受けた顔で、万里。
「なんで……」
「男はそういうのないだろ。そんなに」
「えー、じゃあどうしたらいい?」
「俺に付き合ってくれたら」
 それでいい。
 悲しげな顔で途方に暮れる万里の両足を抱え上げる。
「ま……体浮かせすぎ」
 浮力で水面まで浮かんだ万里の体――足を割って間に入れば、彼女もさすがに顔を赤らめた。両足に力を込め、どうにか閉じようと四苦八苦しているのがどこか可愛らしい。惚れた欲目だ。
「この体勢、恥ずかしい!」
「体の方は嫌がってない――」
 我ながら、月並みだが。
 指先で割れ目をなぞる。ぴたりと閉じていたはずのそこは、もうすっかり口を開けてだらだら涎を垂らしている。ぬとりとした愛液で濡れた人差し指で陰核をこすれば、万里の腰が跳ねた。
「だめっ、だめだからぁっ」
「さっきから駄目ばかりだ。我儘だな」
「知ってるくせに」
「ああ、知ってる。攻めるときは強気なくせに、攻められると途端に弱くなる」
 ――そういうところが心配なんだ。
 赤く充血して猶もっと触れてくれと主張しているそこから指を離して、代わりに口付ける。
 ちゅ、と甘い音がした。
「んっ、ちゅう好き……」
「それも」
 知っている。
 唇で触れて、挟んで、舐めて、舌でつつく。
 ボディソープの甘い匂いと、万里から溢れてくる雌の匂いとで、酩酊してしまいそうだった。
「浩くん……浩くん、もっと。もっと奥もほしい……」
「奥?」
 このやり取りも慣れたものだ。不安定な体勢のまま少し首を上げ、懇願のまなざしで見つめてくる。幼馴染のその表情だけで相当にくるものはあったが――耐える。
 結局のところ、これもスポーツの世界と然程変わらない。攻守と駆け引きで勝敗が決まる。
「いじわる」
「浩くんは優しいから好き……って、言ったくせに」
「昔はこんないじわるしなかったじゃない!」
「ああ」
 そうだな。そうだった。だって昔はお前だって、こんなふうじゃなかった。こんな。
「ここ。浩くんの挿れて……」
 震える両手でくぱ……と広げる。
 片桐は答えなかった。どう答えても嘘になりそうだった。獣が腹を見せて服従の意を示すような、そんな幼馴染の姿に酷く興奮していた。女の部分を晒して懇願する彼女を早く征服したい一方で、もう少しそのまま眺めていたかった。万里の言うように――自分にもこんなに意地の悪いところがあったのかと驚きながら、ひとつだけ確信した。
 ――俺の勝ちだ、万里。
 こんなことでさえ、あるいはこんなことだからこそ、勝敗を決めずにはいられない。
 そんな自分に苦笑する。
「ねえ、浩くん。はやく」
 急かす万里の声が、耳に心地よい。
「はやく、ちょうだい」
「ゴムは」
「浩くんが準備するまで、待てると思う?」
 泣きだしそうな彼女に、片桐はゆるりとかぶりを振った。
 万里を焦らしはしたものの、そう余裕があるわけでもない。
 水面に浮かんだ泡の塊の下。湯の中では欲望がもう抑えきれないくらいに膨れ上がってしまって痛いほどだった。膝立ちになって、がちがちになった肉棒の先――こちらこそ触れてもいないのにぬるぬるとぬめりを帯びた亀頭を、入口に摺り寄せる。ぬちゅ、と卑猥な音がした。






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