オレンジ・マカロン



 お前は俺の特別な人だ、と言葉以外でも伝えたかったのだ。

 三月十四日、ホワイトデー。一般的に、バレンタインでもらった贈り物のお返しをする日だ。俗に言う三倍返しは冗談としても大抵の男――あるいは女も――なにかしらの返礼はする。
 片桐浩二も例にもれず、そうだった。
 幼馴染から贈られたチョコレートと甘い時間に、相応の返事をせねばと二週間も前から考えていた。部活の仲間は、例の如くにそれぞれアドバイスのベクトルが異なりすぎてまったくあてにならない。
 それならこういうのでも読んでみたらどうですかと、後輩の緒方蒼介から渡された雑誌にひととおり目を通した結果、片桐はひとつの知見を得たのだ。
 ホワイトデーのお返しには意味がある。
「で――確かに俺はマカロンのレシピを見ていたし、そこに書かれていたとおりにマカロンを作っていたはずなんだが」
 目の前にあるのは茶色い物体Aだ。控えめに表現してもマカロンとは程遠い。焼きすぎた罅割れクッキーと言えば、まだそれらしく見えるかもしれない。つまり失敗作だった。
「すまん」
 片桐はテーブルの上を見つめたまま、がっくり項垂れた。どうして自力で作ろうなどと思ってしまったのか。素直に有名店で買ってくればよかったと後悔したとて遅い。
 約束の時間通りに片桐家を訪れた万里は、テーブルの上を見てすべて察したようだった。
「ねえ、浩くん。わたしすっごく嬉しいの」
 潰れたマカロンをひとつ取り上げ、口の中に放り込む。
「おい」
「中のクリーム、オレンジピールが入ってるんだね」
 ――わたし、これ好き。美味しいよ。ほら。
 そう言って、ちゅっと口付けてくる。確かに甘いが、
「……お前と一緒だと、甘すぎる」
 嬉しいような悔しいような、複雑な心地で唇を押さえて。片桐は小さく嘆息した。ぶー、と口を尖らせている万里に告げる。
「コーヒーを淹れてくる」
 できそこないのマカロンと一緒に飲んで、それから。
「たくさんお話しよ。浩くんがなんでマカロンを選んだのか、知りたいから。あと、あとね……」
「キスの続きも。分かってる」
 甘えた声で飛びついてくる欲張りな幼馴染を抱きとめると、ふんわりオレンジの匂いがした。





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