神殺しの英雄

 世は全てこともなし。
 一連の騒動をそう締めくくってしまうのは、その言葉の原典を考えればあまりに皮肉だろうか。
 とはいえ、秋晴れの空は往路と同様に高く澄んでいた。平和そのものだ。サイドウィンドウから吹き込む風が、助手席で眠る少女の前髪を揺らしていく。職人の手で作られた精巧な人形のような顔――そこにある形のいい眉がぴくりと動いたことに気づいて、山吹はなにも言わず窓を閉めた。

「過保護ですね、君も」

 後部座席から相棒の皮肉が飛んでくる。

「風邪引かせたら、本物の過保護な保護者がうるせーだろ」
「確かに」

 それで一応納得したふりをしてくれるのは、いつも通りの彼だった。信頼はしても境界は侵さない。大人の距離感が心地いい。だからこそ、無邪気に慕って距離を詰めてくる八雲の存在が異質でもある。異質で、相棒とともにあることとは別の心地よさを感じる。彼女はいつだって山吹が求める正義の快感そのものでもある――

「しかしまあ、器用にプリンを抱えたまま眠って……」

 時雨の呆れ声が思考を遮った。
 同時に視界の中で、少し先の信号機が黄から赤に変わる。緩やかにブレーキを踏みながら、山吹はもう一度ちらりと隣を見やった。相棒の言うように、眠る八雲は保冷バッグをまるで宝物のように抱えている。
 中にはプリンが四つ入っているはずだ。

「帰ったら四人で食べたいんだと」
「それは……ぞっとしませんね」

 時雨は珍しく本気で気分の悪そうな顔で呟いた。少女を挟んだ男三人でプリンをつつく様子を思い浮かべているのかもしれない。ルームミラーでそれを確認して、山吹は笑った。

「ま、お子様の可愛い我儘だ。どってことねえよ」
「可愛い我儘、ねえ……?」

 やはりなにか言いたげな相棒が、やれやれと嘆息する。その口の端が穏やかに笑んでいることは、指摘しなかった。

END.







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