◇◇◇

「突然のご連絡失礼致します。警視庁捜査二課の……」

 どこか慇懃無礼なところのある声。そして仰々しい肩書――牙頭は通話に出た瞬間、思わず顔をしかめた。
 ファミリーレストラン〈ジョイキッチン〉の事務所である。
 春先、姪の八雲が事件に巻き込まれたことはまだ記憶に新しい。折り合いが悪かったクラスメイトの死を発端に、詐欺グループから狙われた。そのときも、丁度こんなふうに、

「お嬢さん――蛇尾八雲さんのことで、少々お話が」

 分かっていて同じやり取りをなぞったのかもしれない。そう疑ってしまう程度には、牙頭は彼らの善性を信用していなかった。

「この間の事件の話か? 残念だが、八雲は旅行中だ」

 素気無く告げる。
 返ってきた声は負けず劣らず素っ気なかった。

「ええ。我々と熱海にいますね」

 ――なんでそれを知っているんだ。
 言いかけて気づく。気づいてしまう。

「待て。我々?」
「我々ですよ。もしかして聞いていなかったんですか? 駄目じゃないですか。子供には行き先だけでなく一緒に行く相手のことも訊かなければ。恰好付けるのも結構ですがね、お父さん」
「うるせぇ!」

 見透かす嫌みに噛みついている場合でもないのだが。

「そういうテメーらこそ、未成年を旅行に誘うんじゃねえ」
「事件に巻き込まれた子供のアフターケア……というのは苦しいですか。まあ、ご安心を。我々は善良な公僕なので」
「どの口が――いや、その話は後でいい」

 苛立ちつつもかぶりを振って、牙頭は話を戻した。

「それより八雲のことで話ってなんだ?」
「我々がとある旅館の温泉で休憩していたところ、彼女が露天風呂で遺体を発見しましてね」
「は?」
「捜査上、第一発見者となります」
「八雲が最初に見つけたなら、そりゃそうなるだろうな」

 他に言葉も見つからず――いや。むしろ言いたいことが多すぎたのだ。なぜそんな場所に遺体があるんだ、とか。どうして八雲が見つけるんだ、とか――間抜けな相槌を打ってから、牙頭は顔を顰めた。

「で?」
「立場上取調べがあるので短くても一泊はしていくことになります。熱海に。その連絡です」
「一泊?」
「一泊。捜査の進捗によっては、一泊以上」
「テメーらと?」
「同行する保護者ですから」

 時雨がなんでもないことのように言い切った。それも気に入らないのだ。携帯電話を握る手に力を込めながら、牙頭は内心毒づいた――八雲の保護者はオレだぞ。
 勿論、声には出さなかった。
 それどころか呼吸にさえ出さなかった、はずだ。だが、スピーカーからは失笑の気配が伝わってきた。

「熱海に来ますか? お父さん」
「一々見透かすんじゃねえ。嫌なヤツだな」
「これは失礼。職業病でしてね」
「だから警察は嫌いなんだ」

 今度は言葉に出して伝えると、彼は小さく鼻を鳴らした。それがどうしたと言わんばかりだ。そういう意味では相棒の不良刑事の方が、やりやすい。神経は逆なでされても腹のうちを探られる心配はない――

「いやいや、あなたは千晴君の方こそ警戒すべきですよ」
「おい、見透かすなと……」

 ん?
 うんざりしながら言い返そうとして、はたと止まる。
(千晴君の方こそ警戒すべきですよ……?)
 牙頭はその言葉の意味を数秒考え、そして激高した。

「八雲をたぶらかしやがったらぶっ殺すぞ!」
「では。事件が解決し次第、お嬢さんのことは責任を持って家に帰しますので。ひとまず失礼いたします」

 怒鳴りつけたのと通話が切れたのは同時だった。

「あ、おい、待て、この……」

 聞く相手がいなければ、罵倒もただの呻き声に変わる。
 携帯電話は不通音を響かせている。暗い画面を睨みつけながら、牙頭は奥歯を噛み締めた。
 ――あのインテリ眼鏡。爆弾投げて逃げやがって。
 爪先で小刻みに床を打つ。露骨に機嫌悪く見えたのか、入ってきた従業員が回れ右をして出て行ったが、その背に声をかけることもしなかった。

「……しかしこれ、八雲に訊いていい話題なのか?」

 いや、訊いたとしてどうしろというのか。
 年頃の少女が大人に憧れるのは、珍しいことでもない。それをはしかのようなものだと言ったのは誰だったか――まさしくそういうものだ。誰もが経験し大人になっていく。不治の病のように騒ぎ立てるものでもない。
 ないのだが。

「……くそっ」

 父親の悩みは尽きないのだった。







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