代わりに、我儘を添えて

 馬狼照英は考えていた。
 ベッドに寝ころび、なにもない天井を見つめて二十分。そろそろ日付が変わる頃だ。壁に掛けた時計をちらと見る――三月三十一日。二十三時五十八分。
「夜霧」
 隣の部屋に小さく声をかける。幼い頃は二人でひとつの部屋だった、その部屋が間仕切りでふたつに分けられたのは、妹たちが生まれてからだ。以来、姉弟とも他人とも付かない従姉弟の距離で互いに様子を窺ってきた。
「まだ起きてたのか、照英」
 間を置かず、静かな声が返ってくる。
「明日も早いんじゃないのか。部活で」
「そういうお前こそ、大学の入学準備があるんだろ」
 言い返してから、触れない方がよかったかもしれないと思った。夜霧の両親は相も変わらず海外の赴任先にいる。一人娘の大学進学にもさほど興味がないようで、一度顔を見せるというようなこともない――とは、両親から聞いた。
「何日もかけてするようなことなんてないよ」
 案の定聞こえてきた苦笑いに、
「ふうん」
 とだけ返して、ベッドから跳ね起きる。
「じゃあ、付き合えよ」
 まるで境界線のように敷かれた間仕切りは、けれどその気になってしまいさえすれば侵略は容易い。少し手のひらに力を込めて横へスライドさせるだけで、彼女が見える――こちらを振り返って、驚いているその顔が。
 秒針がかちりと一際大きな音を立てた、気がした。
 日付が変わったちょうどのところでぴたりと
「今日は従姉弟同士じゃねえ」
「エイプリルフールは、そういう日じゃないと思うが」
 間髪入れずにこちらの意図を汲み取って、答えてくる。そういうところは嫌みだよなと密かに毒づきつつ。
「うるせー。こういう日くらいほだされろ」
「……で、わたしの王様はなにをお望みなんだ?」
 慣れた様子で今度は椅子ごと振り返ってくる、そんな彼女に勢いよく、けれど音は立てずに飛びついた。いつも澄ました唇から、ぐえと間抜けな悲鳴が漏れるのをどこか小気味よく思いながら、耳朶に唇を寄せる。
「先に大人になっちまった女王様との、恋人ごっこがいい」
「ごっこでいいのか。わたしは、いつでも本気なんだけどな」
 それこそ嘘とも本気ともつかず囁き返してくる、珍しく挑発的な従姉に、照英は舌打ち交じりに噛みついた。





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