茶番じみた駆け引きに



 お返しは俺だと言うと、お前は笑いもせずに頷いた。

 ――冗談の通じないやつだよな。
 目の前にある女の顔を見下ろして、馬狼照英は嘆息した。ひとつ年上の従姉は幼い頃から酷く生真面目で、冗談の通じないところがある。これはもう子供の頃からそうだった。癇癪を起こした幼い馬狼お決まりの「お前なんか大嫌いだ」にさえ毎回律儀に落ち込んだし、「どこかに消えちまえ!」なんて言った日にはそのまま姿を消して、半日後に空港で確保された――なんてこともある(本人曰く海外赴任中の両親の許へ行こうと思った、との話だが)
 だからこそ馬狼は、この従姉に対しては慎重になった。うっかり死ねとでも言った日にはなんでもないような顔で死にそうだ。そんなことを考えながらまじまじと彼女の顔を眺める。見つめ合う。でなければ、お互い相手の目に映った自分を見ていたのかもしれない。
 と、不意に夜霧が口を開いた。珍しく、少し笑いながら。
「せっかくのホワイトデーだから、たまには素直にほしいものをねだってみようかと思ったんだけど……」
 ――冗談にした方がよかったかな。
「は」
「なんでもない。忘れてくれ」
 ぽかんと口を開けて見つめれば、すぐにいつもの従姉だ。何事もなかったような顔で踵を返していこうとする彼女の腕を、馬狼は慌てて掴んだ。
「ちょっと待て、もう一度言え」
「一度だけだと決めていたんだ」
「おい!」
 なんだそれ。ふざけんなよ。聞いてねぇぞ。
 捲し立てる自分の必死さに腹を立てながら、どうにか手から力を抜いた。単純な脅しや力技は通じない。幼い頃に何度となく試し、耐える彼女の姿にかえって傷付いた――
「なあ、夜霧」
 そうして気付いたのは、簡単なことだった。
「俺は、お前の王様だろ」
 甘く強請る。手を掴む代わりに指先を絡める。
 たった、それだけ。それだけでいい。
「……わたしが冗談にしたくなかった」
 降参の印に胸の前で片手を挙げ、夜霧が打ち明けてくる。
「もらえるものならば、お前がほしいよ。照英」
 ――最初からそう言え。ったく回りくどい女王様だな。
 馬狼は舌先に生まれた悪態を呑み込むと、代わりに告げた。
「くれてやるよ。お前の好きなだけ」





TOP