夜。霧に惑う

 眠る彼女の輪郭を指でなぞって、溜息をひとつふたつ。
 指先にこもる熱を持て余しながら、どうしてこんなことになってしまったのかと考える――あるいは、いつから。
 考えても詮のないことだと分からないわけではなかったが。

 昔はふたり一室の子供部屋だった。もっとずっと幼い時分。性差どころか、互いの境界すら曖昧な頃。ふたりでひとつ。ふたりでひとり。物心ついたときにはそうだった。
 それがこの先も永遠に続くのだと、馬狼照英は信じていた。
 そうではないと知ったのは、
(意外と、早かったんだよな)
 ひとりごちる。それこそ自分でも意外なほど冷静に。
 小学校への進学を機に、子供部屋が突然間仕切りで分けられた。急拵えというよりは、元よりそういう部屋として設計されていたらしい。よく見ると部屋の壁にはあとから仕切りを敷くためのレールが設えられていたし、子供部屋としては広すぎた―家を建てる前から、将来的に従姉を預かることが決まっていたわけでもない。
 二人で使っていた二段ベッドも当然のように分けられてしまえば、もう部屋にはかつての面影はない。
 ――その瞬間の痛みは誰にも分かるまい。
 と、馬狼は思う。
 魂を二つに裂かれたような痛みと寂寥感を共有するのも、やはり従姉だけなのだ。そう思うほどにいっそう恋しかった。
 家族の誰もが寝静まった夜半過ぎ。
 気配の一切を殺し、間仕切りを静かに開けて従姉のベッドに潜り込むことが密かな習慣になってしまう程度には、彼女を愛していた。愛のなんたるかを知らずとも。
「なあ、おい」
 呼びかけに応えてほしいと思いながら、彼女を起こさないよう声をひそめるおのれの滑稽なことといったらないのだ。なだらかな頬を指でなぞる。最初はそれで終わりだった。
 それだけで済まなくなったのも、やはり早かった気がする。そうすることの意味も知らないまま、他の誰にも触れさせたことのない唇を何度か啄んだ。猶も眠り続ける従姉の危うさに腹を立て、体に触れることもした。
 それから、それから――
「夜霧」
 名前を呼ぶ。まさしく暗い夜道を濃霧に惑う心地で。
「起きろよ。じゃないと」
 知らねぇぞ。
 最後まで囁く代わりに、唇に吹き込んだ。いつものように。けれど、とうにそれだけでは足りなくなっていた。







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