カフェごっこ

 いいなあ、ああいうの。
 無造作に指さす女の人差し指を、上から押さえつける。不躾がすぎるぞと視線だけで咎めれば、彼女――ユナ・ナンシィ・オーエンはひょいと肩を竦めてみせた。
「だってさ、せっかくこんな格好してるのに。影二ってばキョーミないですって顔だから。嫌いかな、こういうの」
 生地の薄い女給風のスカートを指先でひょいと摘まみ上げながら、上目遣いに見上げてくる。狙いすぎだ、馬鹿者。影二は口の中で呟いて、ユナからふいと視線を外した。
 好きか嫌いかと問われても、答えはすでに彼女自身が口にした。単純に興味がないし、どこぞの赤毛を髣髴とさせる、その色が気に入らない――かぶりを振る仕草で、一瞬だけ脳裏をかすめていった元チームメイトの顔を掻き消す。
「小童にあてられるなど」
「って言っても、多分そう年齢は変わらないよ。わたしと」
「おのれの正確な歳も分からんやつが、適当なことを」
 とまで言ってしまったのは、まずかったかもしれない。後悔したところで露骨に顔色を窺うこともできないのだが。
「まあ、そうだよね」
 その声色で察して、ひそかに舌打ちする。
「ユナ」
「もう戻るよ。仕事は仕事だしね」
 言い直しすらさせてくれないのも、いつものことではある。
 そのたびに傷付いたような背中を見送る羽目になるのも。
 ――なにをやっておるのだ。
 馬鹿げた依頼。毎度懲りずに期待しては裏切られるユナ。子供ほどにも素直になれない自分。そのどれに掛かるとも知れないまま、口の中で毒づいた。
 手に持った盆の上。グラスの中の氷が溶けて、カランと虚ろな音を立てる。それで我に返り、溜息とともに客席へ向かう。視界の端で動き回る鈍い銀色に気を取られたまま無言でテーブルにアイスコーヒーを置けば、客はなにか言いたげに見上げ――そのまま、また視線を下げた。
 その怯えた仕草にも腹を立て、マニュアルで決められたとおりの挨拶すらせず厨房へ引き返す。
「ひでー顔だな、如月」
 そんなふうに出迎えたもう一人の元チームメイトの顔に盆でも叩きつけてやりたい衝動を堪え、影二は唇を笑みの形に引きつらせた。
「なんの話だ、ビリー・カーン」
「別になんの話でもねえよ」
 こちらも軽く肩を竦めてみせる。
「その仕草。嫌みなほどよく似た上司と部下だ」
「痴話喧嘩も大概にしとけ」
「そうだな。犬も食わん」






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