ご利用は計画的に

「えいじぃ、ひゃくえん……」
 貸して。と泣きそうな顔で見つめてくる彼女にすげなく断る。目の前には透明な仕切り板の付いた箱。中には子供でも欲しがりそうにない雑な作りの人形が無造作に入っている。
「だって、だって、もう少しで取れそうなんだよ」
「財布の中身をすべて巻き上げられておいて、よくもまあそんな台詞を言えたものだな」
「だって可愛いじゃん、あの忍者のぬいぐるみ」
 忍なら隣にいるではないか、という言葉は舌先でどうにか飲み込んだ。

息、できないよ

「ねー、えいじ。すき」
 アルコールのまわった頭と呂律の回らない舌で、分かりきったことを何度だって告げる。すき。すき。だいすき。それを聞いた影二は鼻で笑っただけだった。少しもぶれないね。そゆとこもすき。なんて言いながら、彼の顔に手をのばした。目元の赤があんまりにも鮮やかで綺麗だから。嫌がられるかなって思ったけど、影二は珍しくそんなそぶりも見せず逆にそっと距離を詰めてきて――

炭酸水を凍らせるんじゃない

 えっ、ウソ。知らなかった。なんかこうパチパチする氷になるのかなって、やったことないけど。だって日本の夏って暑いしジメジメするしさ。少しくらいは爽やかな気分になりたいって思うじゃん。思わない?
「冷凍庫から缶を出さずとも良いのか?」
「あ」

 次の瞬間、キッチンの方からバンっと破裂音が聞こえて――

己らしくもない

 その瞬間に目の奥で火花が散ったような錯覚を覚えた。不意の眩暈に目を瞑り、奥歯を噛む。なんという不覚。なんという不快。体の芯にまで響くような心臓の音も耳障りで、いっそう強く歯を軋らせる。
 ――どうしたの、影二。
 覗き込んでくる彼女の顔面を、片手で掴んで押し返した。

とうにくれてやったつもりだった

 小指に唇を這わせるさまは、目に見えないなにかを慈しんでいるようにも見えて心地よくもむず痒い。
「ねえ、影二のこれちょうだい」
 なんの話だと訊き返せば、赤い糸、と一言。なんともまあ遠回しで、笑いたくなるほど自信無げな告白もあったものだ。
「そんなもの」

理由が必要か

「どうしたの」
 訊ねる声が上擦ったのは、不意に背後から羽交い締めにされたからだった。珍しいな、なんてソワソワ落ち着かない心地で、まったく身動ぎもできずに返事を待つ。と、背後の気分屋な忍者は不機嫌な声で答えてきた。
「今日は、風が酷く冷える」
「部屋の中だよ」
「……察しろ、馬鹿者」

見せつけられている気分になる

 またビリーのやつに叱られたな。
 しゅんと項垂れる彼女を横目に、如月影二はそっと息を吐いた。致命的な失敗ではなく単純な軽口で尾を踏んでいく彼女と、大仰に怒ったふりをしてみせるあの男のやり取りは、猫の親子の他愛もない喧嘩とそう変わりはない。だから面白くないのだと、それを口にすることはないが。
「なにが悪かったんだろうなあ」
「なにもかもだ。甘えがすぎる」
 ぼやく彼女に呟いて、影二はふんと鼻を鳴らした。




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