お前のそういうところ

 里からの文にたまには返事を出そうかと、筆を手に唸っていたのだ。不意に、額にこつんと当たるものがあった。
 紙飛行機だ。眉をひそめつつ顔を上げれば、構ってほしそうな彼女の視線とかち合った。これはなにかあるなと紙を開いて――
 好き。
 そこに書かれた短い一言に、思わず声を立てて笑ってしまった。書き出しから悩んでいたおのれが馬鹿らしくなってしまった。
「まったくお前というやつは!」
 ああ、今日ばかりは拙者の負けだ。構ってやる。やはり返事をしたためることはせず、テーブル越しに身を乗り出した。

休息

 ああ、影二。おかえり、ただいま。
 こんなふうに帰宅のタイミングが重なるなんて珍しいね。会いたいってずっと思ってたからかな。うん。いつだって影二のこと思い出すようにしてるんだよ、わたし。人を殺すときは特に。なんでって、撃つ瞬間に躊躇って帰れなくなったりしたらつまらないから。
 だから、ね。おつかれさまのハグして!

 一息で捲し立てたユナを素直に抱きしめて、その背中を何度か軽く叩いてやる。幼い子供をあやすように。
「ああ、ああ。分かっているとも」
 だから少し目を閉じて、口を閉じて、そう、眠れ。
 耳元で囁くと、その首がかくんと傾いた。
 力の抜けた体をベッドの上に転がして苦笑いをひとつ。
「さて拙者も少し休むか」
 隣でごろんと横になれば、すぐに何日か分の眠気が襲ってくる。片腕で彼女の体を抱き寄せ、その柔らかな胸のあたりに鼻先を埋めると影二も目を瞑った。

底なしの沼

「ねえ、影二。好き」
 好きだよと臆面もなく告げてくるユナの唇を指先で制して、溜息をひとつ。随分と気軽に言ってくれるものだと苦い心地で吐き出せば、彼女は少しだけ顔を歪めた。
「ああ。そうではない」
 そうではないのだと子どものように駄々をこねるおのれの、往生際の悪いこと。一度それを口にしてしまえば歯止めが効かなくなりそうで恐ろしいのだと、迷った末に囁いた。

さかしま

 理不尽だねと言って、けれど怒るでもなく笑ってみせるお前のそういうところが嫌いだと言えば、彼女は困った顔をした。
「嫌い嫌いって言うけどさ。好きなところ、ひとつくらいない?」
 少し傷付いたような声色に、こちらも途方に暮れた心地でうめく――ひとつどころか。
 気に食わないところさえ、それがお前だと思えば拙者にはひとつとして手放せないというのに。

ふたり、どこまでも

「二人きりだね」
 色のない世界で彼女が言った。守り人を失った灯台から灰色の空と海とを臨む、彼女の瞳だけが夏を塗り込めたように青い。
 言葉には答えず、寒さで色を失った唇に噛み付く。その拍子に手から離れた手提げ袋が、遥か下の水面に落ちる音を聴きながら。
「せっかくもらったのに、洋梨」
 鼓動の忙しなさを誤魔化すように、彼女が早口で呟いた。
「どちらにせよ、熟れすぎて食えた代物ではなかった」
 ――ならば海の底へどこまでも沈んでいく方がよかろう。
 ほんのり赤みを取り戻した唇にもう一度だけ口付ける。あるいは、我らも。

情けをかけるな

 引鉄を引いたその指に口付けた。綺麗に相手の額を撃ち抜いたお前が、あまりに青ざめた顔をして、
 ――前はなんともなかったのに、どうしてかな。今は影二にこういうとこ、あんまり見られたくないなって思うんだよ。
 などと要らぬ心配をするから。

愛の味

 愛ってどんな味がするんだろうねとお前が言うから、きっと甘くて辛いのだろうと答えて俺は酒で煮た鶏の心臓を口元に運んだのだ。熱でアルコールはすっかり飛んで、ほんの少しでさえ酔わせてはくれない。代わりに苦笑した彼女の手が、グラスに赤いワインを注いだ。
 

ビリー、ビリーと

「ほんとね、今回の任務もビリー様が無茶振りするから大変だったんだよ。あれで意外と人使い荒いっていうか、いやまあそれでもああいう立場にしたら優しい方なんだろうけど」
 放っておけばいつまでも上司の話をしていそうな唇に噛み付く。黙るまで何度も。途切れ途切れになる息継ぎの合間に「影二って、キスのタイミングおかしくない?」などと訊ねてくる彼女におかしいはずがあるか、と唸り返して。




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