こんなやり取りが嫌いではない

「影二、この薬指どう思う?」
「これといってどうとも」
 特別形が良いわけでもなし、悪いわけでもなし。強いて言うなら爪の色は健康的で好感がもてるというようなことを告げれば、ユナは少し照れたあとで、そーじゃなくてとかぶりを振った。
「なんかサミシーと思わない?」
「思わんな」
「影二ぃ……」
 情けない声を出す彼女の額を指で弾きながら、その寂しいらしい薬指に銀の輪をひとつはめてやる。途端にぽかんと口を開ける彼女の顔の間抜けなことといったら!

ポッキー!

 イベントに乗じなければ口づけの一つも強請れぬのかって?
 そんなこと言わないでさ。
 影二の負けず嫌いを逆手にとってたまにはさらっとキスしてもらっちゃおうって、わざわざプリッツまで買ってきたわたしの乙女心を分かってよ。
 なんて唇尖らせて拗ねたふりしてみたら、影二ってば「分かるか」って通り過ぎざまにほっぺにちゅーして行っちゃった。

なんでもいいって言うから

 なにが欲しいかと訊ねたら「影二が欲しい」とお前は言う。金や物ならば容易いものを。
「拙者を欲しがるとは、世界で一番強欲な女だ」
「でしょ」
 戯言で返してくるかと思いきや、こういうときばかり気が利かぬ。思いのほか真剣なまなざしを向けられれば、拙者とて応えぬわけにはいかぬだろうが。

つまるところは

 顎をついと上げて自信ありげに笑う影二の傲慢なことといったら。目の奥がちかちかと瞬くような感覚に、ユナは思わず目を細めた。
「影二のそういうとこ、大好き」
 吐息とともに囁く。
 いつものように。
「そういうところだけではなかろう」
「って、どこかで聞いたよな会話」
 喉を鳴らしながら、彼の胴に飛びつく――それから、小声でもう一度。うん。そういうとこだけじゃなくてね、ぜんぶ好きだよ。

今更逃げるな

 隣を歩いていたユナが、不意に薬指を掴んできた。ともすれば偶然に触れ合っただけかと錯覚してしまうほど遠慮がちに。
(まったく、恋を知ったばかりの小童でもあるまいし)
 愛を囁くよりは余程気安いだろうにと不思議に思いつつ、その手を逆に掴んで絡める。微かな痛みさえ感じるほど、強く。
「え、影二」
 上擦った声。
 悲鳴だったかもしれない。どちらでもよい。然程変わりはしない。
「お前から始めたことだ」
 彼女は途方に暮れた顔で、幸せそうに笑った。

お前が相手ならば

「影二、見て!」
 いつもより弾んだユナの声に、振り返る。目の前に差し出された左手の爪が、青く塗られていた。その歪さよりも珍しさが勝ってどうしたのかと訊ねれば、彼女はそのとき初めて照れたようにはにかんだのだ。
「いや、お店で見かけて、影二の色だなって」
 ああ、まったく。
「拙者が塗り直してやる」
 少し笑いながら手を取る。してやられたような、そんな心地も悪い気はしなかった。

その顔に弱い(幼稚園パロ)

「えいじくんとおとまり、楽しみにしてたのにな」
 真新しい黒猫のリュックサックを抱えて泣きべそをかくユナを見ていたら、どうにも堪らなくなってしまったのだ。こんなにも彼女が泣いているというのに、素気なく聞き分けろと言う八神のやつには血が通っていないに違いない――内心毒づきながら、涙の痕でぱりぱりになった頬に口付ける。
「せっしゃはやがみのように、聞き分けろとは言わぬ。かならず、むかえに行ってやるから信じてまて」
 

どうということもない

 ちら、と視線だけ向けてくる彼に訊ねる。
「足引っ張ってないかなあ、わたし」
「なんだ、藪から棒に」
「急にこういうこと思ったってわけでも」
 ないんだけど。
 と、呟いて。外に視線を投じると、ユナはそっと嘆息した。白い息が、湿った空気に溶けて消えていく。
「退屈じゃないかなって」
 背後で息を飲む気配がした。
「退屈か?」
 声色は特に変えず、影二が訊ねてくる。そうじゃないんだよと声に出す代わりにかぶりを振った。




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