no title

「影二の子供の頃って、どんなんだった?」
「なんだ、藪から棒に」
 ソファの隅で膝を抱えて酷くぼんやりしていたかと思えば、急に顔を上げて。
 そんなわけの分からないことを訊ねてきた部屋の主――ユナ・ナンシィ・オーエンを、影二は怪訝に見やった。目が合った彼女は珍しく不機嫌そうに、あるいは憂鬱そうに唇を尖らせている。遠回しに責めているつもりなのか。と、反射的に考えてしまったのは少し考えただけでいくつかの心当たりが浮かんだからだった。
 たとえば彼女が楽しみにしていた冷蔵庫の中の葛きりを食べてしまったことだとか、同僚から贈られたのだという下着を捨ててしまったことだとか、ビリー・カーンからの言伝を故意に伝えなかったことだとか。
「随分と不満そうだが……葛きりは賞味期限が切れかけていたし、下着は悪趣味が過ぎた。ビリーの言伝も、休日にまで上司と食事は気詰まりだろうと――拙者なりの気遣いだ。そう拗ねるな」
「やぶ蛇にも程があるね?!」
 どうにも違ったらしい。
 ならばユナの言うとおり、その告白は確かにやぶ蛇に違いなかった。この世の理不尽をすべて見たとでも言いたげな彼女の顔から、影二はすっと目を逸らした。先よりいっそう恨めしげに貫いてくるユナの視線と、沈黙が気まずい。
 とはいえ、その気まずさが長続きしないのも彼女との会話の常ではあったのだが。
「……うん、まあ、いいや」
 実際、十秒もするとユナはどうでもよさそうにその話題を放り投げた。
「拙者が言えた義理ではないが、お前はその投げ癖をやめた方がいいのではないか」
 なんとなく腑に落ちない心地で、呟く。
「ほんと影二が言えた義理じゃないね」
 ユナは苦笑いを浮かべると、顔の前で軽く手を振って言い足した。
「いや、いんだよ。葛きりはまた買えばいいし、下着も着れないから困ってたし、ビリー様の件も"如月はアテになんねえから"って改めて連絡があったし……」
「行くのか、食事に」
「影二も来る?」
「同行しよう。ビリーのしかめ面が拝めそうだからな」
「それ、ビリー様もよく同じこと言うよ。仲良いよね。さすが元チームメイト――」
 と言いかけて、話題が逸れたことに気付いたのだろう。
「じゃなくてさ、子供の頃の話」





TOP