馬鹿者同士、似合いなのだろう

「ねえ、影二。気持ちは分かるけど、言わないとここから出られないよ」
 ユナの声は幼子を諭すような響きを伴っていた。
 分かっている。分かっている。いらいらと小刻みに足を踏み鳴らしながら、影二は長めの吐息をひとつ吐き出した。そんなに嫌かな、とユナ。いつものようにへらと笑って、けれどいつもよりは苦さが勝っていることに気付いて途方に暮れる。
「……まだ一度も」
 言ってやったことがないのだ。初めてが強いられてというのは、あんまりだろう――と言ったところで詮のない話ではあるのだが。
 ばつの悪さとともに吐き出すと、彼女は少し笑った。
「その言葉だけでも嬉しいかな」
「欲がない」
「あっても困るでしょ……って、こういうところが可愛げないね。分かってはいるんだけど、どうにも」
 とまで言わせてしまうとなにやら情けない心地にもなる。意地を張ってもよいことはないなと思いながら、影二はふたたび嘆息した。それから、どうにか一言。
「可愛いげがない、などとは思わぬ」
 ああ。物分りのよいふりも、間抜けなふりも、おのれのためと思えば可愛げがないなどと言えるはずがない。可愛いとも。半ばやけ気味に告げると扉の方でかちりと音がした。
「結局言わされてしまった」
 ぼやきつつ、ちらとユナを見る。照れているかと思いきや、相当に微妙な表情だ。
「馬鹿な女だって言われた気分」
「被害妄想はよせ」
 それこそ馬鹿なことを言うユナの首根っこを掴み外へ向かう。大人しく引きずられる彼女にひとこと、小声で呟いた。
「お前が馬鹿な女なら、オレは馬鹿な男だ」




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