その顔に弱い

 ねえ、影二。
 と呼ぶ。その声が気のせいではなく怒りを孕んでいることに気づいて、影二はふいと視線を逸らした。長期の山篭りを止めはしないが期間だけ教えてくれというのはユナにしてみれば最大限の譲歩に違いなかったが、下山予定を大幅に過ぎたのは何度目になるか。覚えていないというよりは、気まずいので数えないようにしている。
「言いたいこと、言っていい?」
「駄目だと答えたところで呑み込むわけでも……」
 あるまい。
 皮肉で刺そうとしたところで、影二は口をつぐんだ。どうにも会話の感覚が鈍っている――それを告げればむしろどんな言葉でも呑み込むのが彼女だということを、忘れていたというのは。 案の定、ユナは瞬きひとつで怒りをかき消した。
「そっか。なら、いいや」
 あっさり放り投げられてしまって、据わりが悪い。影二は慌ててかぶりを振った。
「いや待て。聞こう」
「ありがと。じゃあ言うね」
 と、なんの溜めもなく返されると、なんとなく嵌められたような気にもなるのだが。
「怪我したら、連絡くれなきゃ。静さんが知っててさ、わたしが知らなかったって駄目でしょ。さすがに」
 傷付いた顔で、ユナがうめいた。




TOP