赤い糸

「こういうのはさ、何度やっても慣れないね」

 呟く彼女を、如月影二は呆れ顔で見やった。足元には男がひとり。綺麗に額を撃ち抜かれ、脳漿と汚い色の血を垂れ流している。
 躊躇いもなく即死させておいてよく言う、と答えればユナは肩をすくめてみせた。
「殺すのは怖いけど死ぬのはもっと怖いから」
「恐れなど。修羅の道を選んだのであれば元より覚悟して然るべきものではないか」
 言いながら、けれど嘲笑を呑み込んだのは彼女の浮かない顔に気づいたからだった。爪先を滑らせ、まだ乾ききっていない血でアスファルトに模様を描きつつ――それも大概に不謹慎ではあるが――続けてくる。
「まあ、分かってるんだけどさ。あーだこーだ言ったって仕方ないし、まして悲しくなる資格もないって。でも、人間としての体裁を保つためには必要な儀式じゃん。大事だよね、そういうの」
 完成した赤い歪な十字架にコインを一枚投げて、目を瞑る。その辛気臭い横顔を見ていたら酷く腹立たしくなってしまったのだ。体の横で所在なさげに揺れていた左手を取って、薬指の根元にがぶりと齧り付く。
「い゙っ」
 悲鳴は、聞かなかったふりをした。
 いっそ喰いちぎってしまおうかと思いながら、犬歯に力を込める。ぷつりと皮膚が破れて口腔に血の味が広がった。それで我に返ったというわけでもないが。
「影二?」
「割り切れぬならば辞めてしまえ。今ならオレがもらってやってもよい」
 唾液と血に濡れた薬指を見つめて呟けば、理解したのだろう。ユナは半泣きのままに顔をぱっと赤らめた。



END

TOP